序 文(いかに診察し、治療するか)  

 本書は当初口唇口蓋裂の治療に重点をおいて作製する予定でしたが、永井書店の高山編集長より“小児の形成外科疾患全体の解説書の方が読者のためになりますよ”との助言を頂き、そのため、小児形成外科の成書が少ないことも考慮して、題名を「子どものための形成外科」と変更し、内容を大幅に拡充して刊行することとなりました。  
  小児の形成外科疾患はすぐ治療を開始しないと重大な後遺症を残すもの、なるべく新生児期に治療を行った方がよい結果が得られるもの、手術しなくてもよくなってしまうもの、あるいは身体の成長を待ってから治療を行った方がよい場合、などさまざまです。その治療法は形成外科だけでなく、小児科、小児外科、耳鼻咽喉科、皮膚科、歯科、麻酔科、ソーシャルワーカーなどの専門医によるチーム医療が必要とされます。また小児の治療で忘れてはならないことは患児とその家族の心理を十分考慮しなければならないということです。  
  患児が幼稚園、小学校と進むにつれ、次第に身体の形態異常を意識し始め、「いじめ」につながることもあります。そのため、できれば就学前にできる限りの治療を終了するのが望ましく、それが不可能な場合は患児の負担をできるだけ少なくし、頻回の治療を避け、手術侵襲を最小限に留めた治療を行う必要があります。  傷が目立たないのは、(1)創の縫合法、(2)患児の体質、(3)創にかかる緊張、などに左右されますが、胎児では皮膚に傷をつけても出生時には傷があとかたもなく治ることが知られています。またイチゴ状血管腫などでは、生後6ヵ月頃までは急速に増大しますが、それ以降は次第に縮小し、4〜6歳までには皮膚の膨隆を残して消失します。このように新生児や乳児は成人と違った特異な体質をもっているため、治療する医師はこの点を十分考慮に入れる必要があります。  
  本書の執筆は、慶應義塾大学形成外科とその関連病院医師に担当してもらいました。また、本書を作製するいきさつから口唇口蓋裂の項目が充実していることはいうまでもありませんが、その項目では慶應義塾大学口唇口蓋裂診療班のメンバーである関連各科の先生と東京歯科大学の先生にも貴重な経験を記載して頂きました。  
  小児の形成外科診療にはマニュアルどおりに治療を行えば無事に治療が終了するものも多くあります。しかし、医療のレベルは急速に進歩しているので、常に新しい時代に即した治療を心がけないと“井の中の蛙”の状態に陥ります。そのため、よりよい治療を目指して治療法、手術手技の改善を行い、患児の将来を予測した治療計画を立てなくてはなりません。  
  これらの事項を念頭におき作製された本書「子どものための形成外科」は、現時点では最新の治療水準を網羅していると考えられますが、その一方では関連各科の医師、専門外の医師、医学部学生、コメディカルの皆様にも御理解頂くために図、写真を豊富に載せ、ビジュアルでわかりやすい内容としました。本書が小児形成外科診療の場に常備され、適切な指針と助言を与えることができれば幸いです。  
  本書を刊行するにあたり小児の形成外科治療に御協力頂いた慶應義塾大学病院と関連病院のスタッフ、それに編者の前任地である藤田保健衛生大学病院の医療スタッフに感謝の意を表します。  
  また、慶應義塾大学形成外科学教室開設以来、われわれ医局員一同を時にはあたたかく、時には厳しく御指導頂いた故伊藤盈爾初代教授、藤野豊美現名誉教授ならびに諸先輩に深く感謝致します。  

平成17年4月吉日 中島龍夫