序 文  

 少子化が予想よりも早いスピードで進み,2003年の出生率は1.3を切ってしまった.少ない子どもを大切に育てようとする考え方と核家族化があいまって,子どもが病気になったら「いつでもすぐに診てほしい」という新しい医療ニーズが生まれてきている.この結果,小児人口は減少しているにもかかわらず,小児科外来への受診者数は増え続けている.その大部分が休日と夜間の時間外救急外来での増加であり,全国の医師は小児の専門外の医師も含めて,必死の思いでこの新しいニーズに応えようと日夜奮闘しておられる.しかし,問題は単に救急で受診する子どもが増えたというに止まらない.なぜならこれらの子どもたちは,発症後間もなく症状が出揃わないうちに外来を訪れるので,その場で正しく診断することがますます難しくなっているからである.  
  これまでの小児科学は,ともすれば入院を必要とする病気の治療を中心に築かれてきた.しかし,このような新しいニーズにミスなく適切に対応して行くには,外来診療の最前線にフォーカスを合わせてプライマリ・ケアに力を注ぐ小児科学が必要になっていると思われる.  
  もっとも第一線の診療所だけでこれらのニーズへの対応が完結できるとは限らない.必要に応じて病院へ,さらには小児病院のような専門施設へと送られ,逆に必要な治療が終われば,再度診療所に帰って行く.診療所,中核病院や小児病院がバラバラに努力するだけでは,これら巨大な需要の圧力には質・量ともに到底太刀打ちできない.地域の医療施設がそれぞれの特色を活かして,いわば「地域チーム医療」といえるような診療体制を構築して行くことが,今最も求められているように思う.その意味で,診療所と病院間,一般病院と小児病院間のようなインターフェイス(境界領域)での医療についても新たな研究の展開が必要になっている.  
  このような時代背景のもとで,特に下記の点に意を注いで小児外来診療の現場で実践的に役立つ本を編纂することとした.  

1)小児科専門医,小児科研修医だけでなく,小児を専門としない医師にも利用しやすい.  
2)外来診療の最前線で実際に起こる事態への治療手段,検査方法がすぐにわかる.  
3)一般的な症状から最終診断に至る道筋が記されている.  
4)現在の標準的な治療法が,疾患ごとに簡明に記されている.  
5)診断・治療の過程でなすべきこと,してはならないことや,病院へ紹介するときのタイミング,転送時にしておくべきことなどが簡潔に記述されている.  
  このような方針に沿って東京都立清瀬小児病院のスタッフが中心になって本書を書きあげた.当院の源は,1984年に東京都が当地に開設した子どものための結核保養所である.その後,結核の減少を受けて小児病院に衣替えをし,1970年に再出発をした.それ以降今日までの30有余年,代々のスタッフが小児医療に情熱を燃やし続け,結核など呼吸器,循環器,慢性腎不全や内分泌代謝疾患などの内科的治療や,気管,肺などの呼吸器,心臓,消化器や泌尿器などの外科的治療に実績をあげてきた.1975年には小児の腎臓移植に成功し,今日までわが国の小児腎移植医療をリードしてきた.近年では小児がんに対するチーム医療に力を注いでおり,このような小児専門医療の経験が本書のバックボーンになっている.それぞれの分野のパイオニアとして見事な働きをしてくれた多くの先輩諸氏に敬意と感謝の意を表する.  
  一方では,1979年に救急医療機関の指定を受けて地域医療にもかかわってきた.診察を希望する子どもたちを例外なく受け入れてきたため,2003年度の時間外患者数は合計16,000人を超えた.二次救急診療を受けている小児病院は全国でも数少ない中で,地域の診療所や中核病院の先生方との協力で蓄積してきた双方向性の情報は本書の肉となって随所に活かされている.当院スタッフとともに小児医療を支えてきてくれた地域の先生方に心から御礼を申し上げたい.  
  小児医療の最前線で本書が少しでも診療に役立つことを願うとともに,診療所と中核病院小児科,そして小児病院のような専門施設とをつなぐ“地域チーム医療”の構築にも役立つことを心から希望している.本書を刊行するにあたり執筆頂いた他の都立病院のスタッフ,東京都医員の諸先生,に感謝の意を表する.  

平成16年11月吉日                                       

林  奐                                       
佐藤正昭