序 文
脊髄損傷や脳卒中などの外傷や疾病に対して,現代の医療技術の進歩によって急性期に適切な医療が施され,多くの患者さんが救命されるようになりました。しかし疾患の後遺症として引き起こされる障害に対する医学的な治療手段の進歩はいまだ不十分なために,対麻痺や四肢麻痺・片麻痺や失調症などの重度な障害をもって地域社会での生活を余儀なくされる多くの患者さんが増大していることも事実です。このような時代においてリハビリテーション医学はますます重要な医療分野として注目を浴びており,機能障害(心身機能/構造)や能力障害(活動)および社会的不利(参加)に対して系統立った治療的アプローチが行われることが必要です。
リハビリテーション医療は,医師・看護師・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・義肢装具士・医療ソーシャルワーカー・臨床心理士および福祉領域の専門家も交えたチームとしてそれぞれの障害への対応が非常に重要です。心身機能/構造に対するアプローチにはいまだ多くの限界がありますが,活動や参加を促し障害者の自立支援を実践する場合,リハビリテーション機器や福祉(介護)機器を有効活用することで促進されることを多く経験します。近年は,工学技術が進歩しこれらの機器において安価で良質なものが供給されるようになってきました。しかし,大量生産に馴染まない場合も多く,個々の症例に即したきめ細やかな対応が必要になってきます。このような観点からリハビリテーション工学の専門家との連携やチームアプローチも非常に重要で,実際的な情報を提供されることが有益であることを実感しています。
また介護保険が導入されたことにより,介護機器やリハビリテーション機器は医療従事者以外の多くの人々にも興味のある対象となっていますが,わかりやすく実践的なリハビリテーション工学領域の情報の供給がこの点からも望まれます。
平成16年4月から独立行政法人としてスタートした労働者健康福祉機構は,3つの工学部門を運営しています。1つは総合病院である中部労災病院に隣接して設置されている労災リハビリテーション工学センター(名古屋市),そして職業リハビリテーション施設と隣接して設置されている吉備高原医療リハビリテーションセンター(岡山県)の研究情報部,もう1つは日本で唯一の脊髄損傷の専門治療機関である総合せき損センター(福岡県)の研究部です。それぞれの工学部門は,ユニークな臨床実践の場をもちまた全国の労災病院との連携も保ちながら,現在まで実際的で多面的な活動を行い有益な情報提供を行ってきました。
この本ではこれまでの実績をもとに,実践書として現場ですぐに役立つように症例提示を多く行い,数学や電子工学の知識がなくても理解できる基礎的な知識と技術の実際を豊富な図や写真を駆使して,具体的でわかりやすく記述しました。この本の内容が,読者の今後の臨床に有益な情報となれば幸いです。
平成16年7月吉日
田中宏太佳
高見 健二