序文
我々医療スタッフは、ヒトが求める医療を全うする責務を負っている。医学のテキストに記載されている文字をたどるのでなく、医療を遂行するのだという意志が必要である。本書の執筆者には、現在の状況をはっきりと把握しているばかりでなく、これかも先頭を切って医療を遂行しなければいけないとの意気込みが感じられる。
「 すべては想像力の問題なのだ。僕らの責任は想像力の中から始まる」(イエーツ)。大腸検査を遂行するものには想像力が必要なのだ。想像力の生れないところに責任は生まれないのであり、想像力を生むには情報の収集と分析から始まる。特に、大腸などの消化管の検査・診断は、形態学的な学問である。形態学morphologyは植物の観察により生まれたゲーテによる造語であり、その生命を有するものの機能や変形・進化を含んでいる。
大腸内視鏡および大腸X線検査は、大腸疾患の患者ばかりでなく一般の人にもがん検診にも有効な検査方法である。この両者を合わせて検査の対象となるのが被検者である。ところが、大腸X線検査および大腸内視鏡検査ともに被検者の苦痛が少なからずみられ、その不評と苦痛を味わった被検者の声がヒトの得られる利益を妨げている。未熟なスコープの操作によるものが多いが、それにも劣らず重要な因子が前処置である。この数十年間、前処置の改善により内視鏡スコープ操作、注腸でのバリウムの送り方は格段に容易になった。
私が大腸X線検査を始めて30年、大腸内視鏡は25年が経つ。始めた頃の診断学はX線優位であったが、検査技術は常に前処置および機器の変化につれ大きく変化してきた。ブラウン法の普及によりfine
net work の描出それに伴うX線機器発達がみられ、20年前頃からは内視鏡機器の改良とGolytely法の開発・普及により大腸内視鏡の挿入法が変化し、粘液が除去された大腸粘膜の観察、特に拡大観察が可能になってきた。一人法での腸管短縮による大腸内視鏡が普及し、内視鏡学の発達の勢いはすさまじくいつの間にか大腸検査の首座に落ち着いた。私の検査も無投薬一人法での大腸内視鏡が多くを占めるようになっている。まだまだ、大腸検査の将来に希望を抱くためには、新しい検査方法の開発とともに前処置の改良が必要である。まさに、大腸に係る医療こそは「医学はサイエンスに支えられたアートである(オスラー)」にふさわしいではないか。
医療としての「大腸」の質と安全を支えるものには、検査手技、診断・治療、被検者(受容性)の3つの要素がある。このいずれもが、前処置の開発・改善により変化していることが本書を読むと理解できると思われる。医療スタッフは常に自分を磨きながら患者の役にたつ情報を蓄える責務があり、全ての人がこの恩恵を受けるべきである。
2004年7月吉日
吉村 平