序 文  

 私が、国立精神・神経センター武蔵病院に赴任したのは1993年であるが、1994年から「もの忘れ外来」が全国に先駆けて開設され、宇野正威先生、朝田 隆先生を中心に診療が始まった。私は、画像診断を担当し、MRIと脳血流SPECTにより、アルツハイマー型痴呆を中心に早期診断と鑑別診断を行うことになった。当初は、画像を目で見て判断しようと思ったが、ごく初期のアルツハイマー型痴呆では、非常に微妙な変化のため、判定が極めて困難であった。次に脳全体に多数の関心領域を設定し、血流値を算出したが、1症例に1時間以上、設定に時間がかかり、また、客観性に優れるともいえなかった。客観的解析手法としては、既に1994年にミシガン大学の簑島 聡先生がごく初期のアルツハイマー型痴呆において帯状回後部に糖代謝の低下がみられるという発見をLancetに発表されていたので、われわれも画像統計解析手法を用いて、早期診断を行うこととした。その頃、Statistical Parametric Mapping(SPM)の開発者の1人であるロンドン大学のFrackowiak博士が武蔵病院を訪れられた際に、SPECTにSPMをどんどん応用して論文を発表しなさいと励まされたことと、SPM自体の魅力に取りつかれたこともあり、痴呆性疾患において種々の解析を行ってきた。画像統計解析においては、正常データベースの構築が必要である。この構築に関しては、本書の共同編集者である朝田 隆先生に精力的に多数の健常高齢者を紹介して頂いた。それによって作製した正常画像データベースが現在、全国の多くの施設で用いられている。  
  もちろん痴呆の画像診断は他の多くの施設でも精力的に行われてきている。特に旧兵庫県立高齢者脳機能研究センターはPETおよびMRIを用いて数多くの精力的な研究を発表されているが今回、痴呆の画像診断の単行本化のお話を頂き、本邦における痴呆診療施設での現時点での最新の成果をわかりやすく解説して頂くことを目的とした。  
  原稿を頂いた先生方は、臨床の第一線で活躍しておられる専門家ばかりであり、特に若手の方を中心に執筆頂いた。本書は、総論において、痴呆の一般的概念と痴呆に関連した肉眼および画像解剖学、さらに各種の画像技術の原理および撮像法から画像統計解析法の詳細について説明して頂いた。また、各論では、アルツハイマー病、血管性痴呆をはじめ、痴呆を呈する種々の疾患の画像所見を網羅して頂き、さらに、最後には最新の診断技術について解説して頂いた。この本は、痴呆診療に携わる医師ばかりでなく、医学生やコメディカルの方も対象としているだけに本書によって、痴呆診療における画像診断がより身近なものとなることを期待する。

 

松田博史   朝田 隆