序 文
我々はどのような境遇であれ、あるいはどのように努力しようとアルツハイマー病のリスクから逃れることはできない。自分だけは罹らないと信じている人がいるかも知れないが、それは正しくない。知的職業人であろうとなかろうと、富者であろうと貧者であろうと、アルミの弁当箱で日の丸弁当を食した者であろうと学校給食で育った者であろうと、一切かかわりなくこの病気は襲ってくる。レーガン元米大統領が本症であることを宣言したことは我々の記憶に新しい。アルツハイマー病の危険因子と考えられている要素は数多いが、実証されたものはほとんどなく、唯一確実な危険因子は加齢であり、これを逃れ得る者はいない。
日本は歴史上例のない高齢化社会を迎えている。平成15年版厚生白書によると、高齢者(65歳以上)は、戦後間もない1950年(昭和25年)には416万人(全人口の4.9%)に過ぎなかったが、1970年(昭和45年)の739万人(7.1%)を経て2002年(平成14年)には2,400万人弱(18.5%)に達した。しかも将来、2020年(平成32年)には、3,334万人(26.9%)と、4人に1人は高齢者になると推測されている。
日本の高齢化は多くの点で未曾有である。平均寿命然り、高齢者率然り、そして高齢化のスピード然りである。加齢がアルツハイマー病の危険因子であれば、高齢化とともにアルツハイマー病も増加するのは当然の理である。高齢者の2〜3%はアルツハイマー病になるといわれており、その患者数は2000年で45〜55万人となり、既に宇都宮市の全人口44万人を超えている。2020年には倍近い70〜80万人にのぼり、さらに増加するものと推測されている。
我々は、好むと好まざるとにかかわらずこの現実に直面しなければならない。患者診療と介護の点では、医療関係者と患者・家族が重要な役割を果たすことはいうまでもない。しかし、彼らのみで対処できる問題ではない。患者に翻弄される家族の難儀は、既に昭和47年に出版された「恍惚の人」(有吉佐和子著)に実にリアルに描かれている。アルツハイマー病対策は医療関係者や患者・家族のみでなく、行政関係者や法律家も巻き込んだ全社会的な取り組みを必要とする。
本書は、アルツハイマー病の実地診療に携わるすべての人を視野に入れて編まれた。検査所見を含めてアルツハイマー病の病像を知ることは極めて重要である。原因の究明と危険因子の探究は時間はかかろうとも本症克服の要である。いまだ効果は不十分であるものの治療薬も市販され、新たな薬や治療法も開発されつつある。リハビリ、社会的対応、ターミナルケアも実地診療においては他に劣るものではない。本書はこれらすべてを網羅し、それぞれの章はその分野で実際に活躍されている方々に御多忙の中執筆して頂いた。ここに謝意を表する次第である。
本書はアルツハイマー病にかかわる人々の補助となるものと信じるところであり、世に出すことを誇りとするものである。
平成16年4月吉日 編者 中野 今治 水澤 英洋