序にかえて 【頭痛・めまい・しびれ】

   頭痛・めまい・しびれはいずれも日常診療の中で,特に頻繁にみられる自覚症状である.いずれの症状も一生の間に一度も経験しない者はいないといっても過言ではない.対症的な治療により,症状が消失することも多いが,重要な疾患の警告症状(warning symptoms)である場合もある.逆に慢性に繰り返し起こる場合には,また異なった診断,治療上の問題がある.本書は,頭痛・めいまい・しびれについて,最新の知見をもとに,高度の内容を日常診療に生かせるように配慮して構成されている.  
  頭痛は,通常は良性の症状であるが,今まで経験したことがないような頭痛が急性に生じた場合には,髄膜炎,くも膜下出血,脳腫瘍などの重大な疾患が疑われる.救急医療の場に訪れる頭痛患者の約5%はこのような例であり,迅速にかつ正確に診断し,治療する必要がある.眼科的・耳鼻科的疾患,全身疾患などの可能性も考慮する必要がある.慢性,反復性に起こる頭痛は,いわゆる緊張性頭痛のような頻度の高いものから,稀なものにわたるいくつかのタイプがある.このタイプ分類はInternational headache Society(IHS)の分類 (1988)が国際的に広く用いられているが,いくつかの問題点も指摘されている.代表的なタイプは偏頭痛(migraine)である.その発症機序として,約40年前,神経伝達物質であるセロトニン(5-hydroxytryptamine;5-HT)の関与が指摘され,その拮抗薬であるメチセルジドが予防薬として導入された.その後,セロトニンに対する関心が低くなった時期があったが,最近5-HT受容体の1つ(5-HT1B)に対する刺激作用をもつトリプタン系薬物が導入されるとともに,再びセロトニン,背側縫線核(dorsal raphe nucleus)の役割に注目が集まっている.遺伝子の面からもMELASにおけるミトコンドリア遺伝子,家族性片麻痺片頭痛におけるカルシウム・チャネル遺伝子の点突然変異のほか,遺伝子多型の解析により,片頭痛とドパミンD2受容体アレルとの関連が見い出されている.このような知見は,片頭痛の発症機序にさらに新しい局面を拓いてゆくであろう.  
  “めまい”という訴えは,真のめまい(Vertigo)のほかに,失神,歩行の不安定,頭部の異常感覚などを意味することもあり,患者の訴える“めまい”が真のめまいを意味しているか否かを確認することがまず第一に重要である.空間における身体位置に関する見当識は,前庭系,視覚系,体制感覚系からの情報から成り立っている.これらの系は相互に情報を交換し,協調して機能し,重複した機能を有し,互いに代償し合っている.めまいは,このいずれの系の障害でも生じうるが,前庭系の障害によることが最も多い.前庭神経核からの投射路は,眼球運動を司る動眼神経・滑車神経・および外転神経の諸核,脊髄・大脳に投射して前庭眼反射(vestibuloocular reflex;VOR)の回路を形成するとともに,小脳・脊髄そして視床を介して大脳皮質にも投射している.前庭系に異常が生じたとき,突然めまいという症候として現れる.前庭系の生理学は,最近急速に進歩しつつある.  
  “しびれ”の訴えは,異常感覚,感覚鈍麻,軽度の運動麻痺など,さまざまな症状を意味している場合があり,その内容を十分確認する必要がある.神経学的には,異常感覚(ディゼステジア,dysesthesia;パレステジア,paresthesia)を指すことはいうまでもない.Dejerineの定義ではディゼステジアとは,自覚的感覚障害のうち,痛み以外の異常感覚(例えばしびれ)を指し,パレステジア (paresthesia)は他覚的感覚障害のうち,本来感ずべき感覚(例えば触覚)をそれと異なった(para-)感覚(例えば痛み)として自覚する場合を指す.しかし,最近は厳密に区別されて用いられてはいない.体制感覚は末梢の感覚受容器から末梢神経,脊髄,延髄,橋,視床,大脳白質,大脳皮質感覚野に至る神経伝達の連鎖を通じて近くされる.“しびれ”はこのいずれのレベルの病変によっても起こりうる.その原因病巣の診断において重要なことは,“しびれ”の分布である.両側四肢末梢部のしびれでは,ニューロパチー,中毒,代謝性疾患などが原因である可能性が高い.神経根や末梢神経の支配と一致して分布を示す場合は,部位診断は困難ではない.但し,中枢神経系の病変で,いかにも末梢性のしびれに類似した分布を呈する場合もある.脳梗塞急性期の症状であれば,MRIの拡散強調画像で小さな梗塞巣を診断しうる.  
  頭痛,めまい,しびれ−このありふれた症状の患者を診て,あとでハッとする思いをした経験のない医師は,おそらくいないのではないかと思う.詳しい病歴の聴取と簡にして要を得た診察,そして必要な場合には迷わず,CT・MRIなどの画像診断を行うことが重要である.そのような診療に役立つことを願って,広い専門領域の先生方に執筆をお願いした.ご多忙な毎日を過ごしておられる中で,執筆の労をとって下さった先生方に心から感謝申し上げる次第である.

平成15年9月

東儀英夫