輸液療法は日常臨床の場でごく一般的な治療法になっている。この治療法は50年も前の戦後の医療として主として米国からもたらされ、当時の医療知識を刷新する体液・電解質の考え方が輸入されたといえるものであった。当時からみれば多数の輸液剤が開発され、輸液操作を簡便にする装置や器具が開発されてきたが、輸液治療の基本的な理論はほとんど変化していない。現在では特別の専門家でなくても簡単に輸液治療が実施され、臨床的な治療効果を上げている。当時からの有名な輸液に関する啓蒙書や専門書も絶版となり、入手できなくなってしまったが、輸液に関する知識は毎年、医学雑誌の特集号でも取り上げられ、輸液の実際的な操作を行う医療スタッフに対する輸液書も出版されている。これほど当たり前となった治療法であるが、難しいとか、取っつきが悪いとかとで嫌われるようである。体液生理学の膨大な知識を容易に理解できないなどの理由から輸液書や概論が毎年必要とされることになるようである。 このように輸液療法はごく日常的な治療法として確立したとしても、毎年新しい医師やナースが誕生するわけで、輸液の参考図書は必要となるわけである。多数の輸液書が出版されている中で、本書を新たに出版するというのは屋上屋を架す感もないわけではないが、輸液の考え方をわかりやすく初心者に理解してもらいたいと願いから平易な解説を試みた。著者もこれまでいくつかの輸液に関する啓蒙書や雑文を書いてきたが、どのようにして輸液を行えばよいのかという基本的な知識がまだ十分に理解されていないように感じるからである。特に水・電解質代謝に関する知識や実際的な症例の解釈にはベテラン医師でも困惑することも少なくないし、理解が不十分である。まして、これから臨床の世界に足を踏み込む初心者においては困難な分野である。輸液療法は特に水・電解質の異常に対して有用な治療手段であり、臨床各科で必要となる輸液を勉強する意味があるといえる。 最近では従来の水・電解質に関する輸液法に加えて栄養輸液法の比率が増してきている。外科領域のみならず、慢性疾患や末期状態での栄養改善を目的に中心静脈栄養法が盛んに実施されるようになっている。実施が一般化するほど安易な輸液法になりがちで、その危険性に関しては鈍感になりがちである。栄養法における手技やその組成あるいはカテーテルに関する副作用、長期投与における栄養学的な合併症などが問題として存在する。栄養輸液は長期間継続されるために、それだけ副作用の発生には注意が必要であろう。 近年では医療のさまざまな分野で医療事故の問題が生じている。特に輸液療法というのは血管の中に直接溶液を注入することや医療器具を使用すること、溶液注入量とか速度などの技術的な問題もあり注意が必要になる。ヒヤリハットといわれるインシデントのなかで頻回にみられるのは輸液に関する問題である。輸液の組成、投与速度、投与量などの過誤、針の穿刺や固定の問題、混注や併用投与薬のエラーなど限りなく事故の原因となる要素は多い。輸液治療の実施にはリスクマネジメントの必要性が指摘されている。輸液療法という治療が医原的疾患を生じさせたり、医療事故の元凶にならないようにするためにも輸液療法の考え方を習熟して、意味のない輸液をなくしていくことが大切である。 以上の問題点を十分理解して、輸液療法の目的と適応を考えて誤りのない、少なくとも害を及ぼさない治療法を心がけること、そのためには輸液の基本をしっかりと修得することが臨床に携わるわれわれ医療従事者の使命であるということができる。 本書がこれから輸液を学ぼうとする初学者の一助となれば幸いである。 2002.12.望星病院院長 北岡 建樹