序 文

  うつ病ないしうつ状態は精神科診療、特に外来の診療において最も多く出会うもののひとつである。うつ病に関する啓蒙書や情報はますます多く、“うつ病”や“うつ”という用語は、今や以前の“神経衰弱”、“ノイローゼ”に代わり、精神的不調の代名詞となった感がある。一度も憂うつな気分やおっくうな感じを体験したことのない人はいないであろう。それだけに“うつ”は一見わかりやすく思われ、情報の多さにもかかわらず、必ずしも本当のところが知られていない面もある。そのため治療者が診療の場面で説明に苦しむこともあろう。他方、最近のうつ病に関する研究、特に薬理学をはじめとする生物学的研究は膨大なものがあり、それらの知見の概要を知ることは容易でない。  
  本書は、うつ病に関する様々な問題を取り上げ、多くの専門家に最近の知見を含めお書きいただいた。28章にわたっており、うつ病に関する問題は生物学の最近の知見から一般医へのアドバイスまで、ほぼ網羅されていると考えている。  まず総論的なはじめの10の章では、うつ病の分類と概念、病因に関する最近の生物学的知見と病前性格、疫学、症候学が、また治療として、抗うつ薬およびその他の薬物療法、電気けいれん療法と経頭蓋磁気刺激療法、各種の精神療法が述べられ、ストレスとうつの章では予防と自己管理につきふれられている。続く各論では、さまざまな型のうつ、混合状態、ラピッド・サイクラー、難治性うつ病がとりあげられ、またうつを惹き起こすものとしての身体疾患、アルコール、薬物につき述べられている。更に、ライフサイクルとうつにつき、小児・思春期と老年期また産褥・性周期・更年期につき章が割かれている。自殺についても1章をもうけた。最終章では、精神科医と同様またはそれ以上にうつを診ることの多い一般医のための早期発見を含めたうつ病診断や専門医紹介のタイミングにつき留意点が述べられている。
  このようにうつ病の様々な問題につき、高度な内容にもわたり、わかりやすく書かれた本書がうつ病の臨床に携わる方々に少しでも参考になれば幸いである。 ご執筆いただいた方々に心から感謝いたしますとともに、出版にあたり大変にお世話になった編集長の高山静氏と山本美恵子氏に深く感謝する次第です。

編者  鹿島晴雄  宮岡 等