序 文
シミュレイション内科という聞き慣れない名前のシリーズであるが,今回は「脳血管障害を探る」というテーマで,ユニークかつ大変内容の充実した本が出来上がった.シミュレイションとは模倣するという意味であるが,臨床医学分野におけるシミュレイション教育は模擬患者を使った医療面接やコンピューターを組み込んだ人形による救急治療の教育・訓練などが代表的なものである.シミュレイション内科は本なのでコンピューターを使ったものほどリアルには行かないが,日常診療でよく遭遇する症候や診断治療上の問題点を取り上げ,症例を呈示して設問により,まずこれはなんだろう,どう対処すべきだろうという点を考えて頂き,その後で的を絞った分かり易い解説を読んで理解して頂こうというのが本書のねらいである.疑問を持って考えてから解説を読むと理解が促進され記憶に留まる率が高くなることは大脳生理学的にもよく知られている.しかし,シミュレイションばかりでは面白くないので,まず脳血管障害の概要を知って貰うべく,総論を我が国のトップクラスでかつ現役の脳血管障害専門医に書き上げて貰った.このテーマは疫学から実際の臨床現場に役立つ診断技術,内科的・外科的治療,リハビリテーション,Evidence based Medicine (EBM)まで広い分野をカバーしている.内容は一般内科医だけでなく脳血管障害を専門的に扱う医師にとっても大変充実しており,レベルの高い最新情報を分かり易くまとめただけでなく,EBMを組み込むことにより説得力を持たせている. 脳血管障害の分類と疫学では国際標準分類としてNINDS IIIを用い,山口武典研究班の約17,000例におよぶ我が国初の臨床データから,従来の疫学とは異なる実態を明らかにしている.臨床的鑑別法では特に若年者における多彩な原因の鑑別をシステマティックに解説しており,極めて有用である.画像診断の進歩は最新かつ普及している診断技術を明確に示しており,緊急MRIがなぜ必要かすぐに理解できる内容である.内科的,外科的治療は現在普及している最高レベルの内容をまとめたものであり,再発予防を含めインフォームドコンセントに必須の知識である.インフォームドコンセント自体の解説もあるので実施に当たって参考になる.またエビデンスを作るデータバンクの重要性も認知して頂きたい.近いうちにインフォームドコンセントが保険で点数化される可能性もあり,専門の如何を問わず内科医は成人病の中で最も発症頻度が高く,死亡率も高い脳血管障害について日頃から情報をインプットしておく必要がある.その点で最新情報をまとめた総論と日頃の疑問点を頭の体操をしながら身につけられる本書はまさに脳血管障害座右の書にふさわしいものである.本書が少しでも脳血管障害の臨床のレベルアップに役立ち,患者様のQOL向上に貢献できれば幸いである.
島根医科大学第3内科 小林祥泰