発刊に寄せて  

 心不全はあらゆる心疾患の終末像であるため、共通の病態として理解されているが、病因に応じてその病状は極めて多様である。わが国でも人口構成の高齢化に伴い心不全が増加することは必至であり、早期診断と適切な治療が臨床の現場で求められている。心不全の教科書は、通常、病因論から始まり、心筋不全および心不全の病態を論じ、薬物療法と非薬物療法を系統的に網羅するのが常套である。確かに、これは心不全とは何かを理解し、その重症度を診断し、ガイドラインに沿って治療選択をするのに有用であるが、実際の心不全患者はいつも定型的な病状を呈するとは限らない。心不全の原因が特定できず、再発予防のために何をすべきか明確にならない症例や治療に難渋するケースも少なくない。近年の治療法の進歩により心不全患者の生存率は確かに改善してきているが、それでも悪性疾患のそれに匹敵するほど予後不良の疾患であることはまちがいない。したがって、心不全の診療にあたっては、教科書的に疾患概念を理解するだけでは不十分である。個々の症例の背景を知り、他臓器機能の修飾を受けながら変化する病態を把握し、適切な治療を選択することが肝要であり、そのためには非典型的な実際の症例を多く経験することが診療能力を向上させるのに大いにプラスになる。  最近は症例を中心に診断・治療のあり方を討論しながら考えさせるPBL(problem-based learning)チュートリアルが学生教育に取り入れられつつあるが、この考え方を一冊の書に凝集して効率よく学べるように意図したのが本書である。監修者が2003年10月に第7回日本心不全学会学術集会を主宰した際に『症例報告』セッションを設け、興味ある症例を提示していただいたが、その一部を本書に収載した。それゆえ、症例は日常診療の中で診断・治療に苦労されたものが多い。PBLチュートリアルを意識して、「プロブレム・リスト」により簡潔にポイントを整理し、「入院後経過」と病態に関する「考察」を記述していただいた。最後に読者が自ら学ぶべき内容を「レクチャー」として呈示していただくことにより、限られた紙面ながら充実した構成を図ったつもりである。本書に収載された30あまりの症例はいずれも興味深い症例で、研修医の経験を補うのに最適であるばかりか、循環器を専門にされている先生方にとっても日常診療のヒントが満載されているといっても過言ではない。いずれも実例の呈示であるがゆえに迫力のある症例集となったことを喜んでいる。  多忙な診療業務の中、執筆いただいた先生方に深謝申し上げたい。また、短い 時間に編集に尽力いただいた福浦女史に感謝する次第である。

2004年 2 月 監修者 著す