まえがき
日本は今や世界一を誇る長寿国(平成十三年の日本人の平均寿命は女性が八十四・九歳、男性が七十八・一歳)で、平成十三年に生まれた赤ちゃんは、女性が四人に三人、男性は二人に一人が八十歳以上まで生きられる計算になるのだそうです。女性の生む子供の数が少なく(平成十二年度は一人の女性が一生に生む子供の数は平均一・三六人)、将来は高齢化社会になるのは確実で、これだけ長生きする人が増えれば当然痴呆になる老人の数も増えていくことは間違いありません。痴呆老人は異常行為が多いのですが、その行為はなかなか理解し難い所が多く、したがって、対応には難しいものがあります。家族は当然ですが、専門家であるはずの介護士や看護師、そして医師も含めて、対応に苦慮している場合が多いと想像されますし、とくに、これらの専門家達が、介護をしている家族に異常行為への対応を指導する場合、実際にはどのように指導したらよいのかの戸惑いもあると考えます(私も戸惑っている中の一人です)。指導場面では、『出来るだけ拘束したり叱ったりや説得をしてはいけません』ということになりましょうし、多くの場合に叱責や説得が奏効しないのも事実で、叱責や説得をしないのが痴呆老人介護の基本の一つであることは間違いありません。しかし、介護に当たる家族も各々家族構成が違い、家庭環境も違いますし、問題行動を伴う老人は、各々が個性的で生活環境の違いもあることから、特有の動機で固有の行動を起こしています。したがって、痴呆行為への対応も多様でなければならないのは当然ですが、対応に戸惑う最大の原因は行為の成り立ちが理解出来ないことにあると思われます。そのように考えて、痴呆行為の成り立ちを少し模索してみることにしました。仮りに、老人性痴呆が老化の延長線上にあるとすれば、痴呆行動の原点も老化に伴って変化する行動の延長線上にあるはずです。そのような視点から、老化による記憶や思考の変化が痴呆行為の成り立ちとどのようなつながりを持っているのかを検討してみたいと思います。結果として、痴呆行為の成因についての一部にでも納得して頂ける答えを出すことが出来ればと考えます。なお、本文で述べている、例えば、異常行動の原因や、妄想、せん妄の成り立ちなども、所々は私自身の考えでしかなく、必ずしも大方の意見ではありません。批判の目で読んで下さるようにお願い致します。
また、私はかつて区別されていたアルツハイマー病とアルツハイマー型痴呆は、発症や進展に遅速はあるものの、共に老化の延長線上にある同質の変化で、まさに加齢に伴う疾病と考えていますので、本文では両者を一緒にして老人性痴呆と表現しております。なお、老年になってからの後天性痴呆疾患は大別して、脳出血や脳梗塞で代表される脳血管性痴呆と、アルツハイマー型痴呆で代表される脳の変性疾患の二つがありますが、ここでの老人性痴呆という言葉は、脳の変性疾患に起因するもののみを指しています。会話形式を取り入れて出来るだけ平易にしようと考えましたが、意図通りになっているかどうかは疑問です。
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