序   文  
 
  今回はテーマがいずれも話題性に富んでいて,内容も多岐にわたり,骨関節疾患の研究,医療の足取りを伝えようとする本セミナーの意図をよく反映してくれたものと,ひそかに喜び,かつ協力戴いた各著者に心から感謝している.  
  感染性疾患は古来リウマチ学の主要なテーマであるが,なかでも連鎖球菌性関節炎は症状が敗血症から反応性関節炎に至るまで幅広く,リウマチ病との深い関係を日常の診療で再認識する必要があると思われる.同様にヘモクロマトーシスもわが国では患者が少ないが遺伝子の解明が進み,特にスクリーニングで早期発見し,早期に治療すれば予後の改善されることがわかってきて注目されている.これについては塩沢俊一教授を煩わした.  
  全身性エリテマトーデスや,抗リン脂質抗体,RAにおける粥状硬化症について前田恵治先生に書いて戴いたが,心血管イベントのみならず,脂質代謝が全身性炎症性疾患の発症や経過に関与していることがわかってきて,今後の研究に待つところが大きい.またRAの血液検査で低補体価の認められることがあり,診療の実際で困ることがあるが,この問題について安波礼子先生に解説して戴いた.  
  myositis ossificans (fibrodysplasia ossificans progressiva)は,その本態にBMP(bone morphogenetic protein)の関与していることが明らかになってきた(石澤命仁先生).BMPの研究の進歩は著しく,この稀ではあるが悲劇的な疾患に対して,BMPによる遺伝子治療の期待がもたれている.またBMPを用いての骨欠損修復への応用技術について高岡教授らの目覚ましい仕事も紹介されている.  
  骨の産生と吸収はリウマチ病の最重要課題の一つであり,近年臨床に直結した研究成績が次々と現れるようになった.ank gene(茶野徳宏先生),マグネシウムとカルシウムの恒常性維持(杉本利嗣先生),osteopontin(佐伯行彦先生),prostatate cancer cell linesとmineralisation(松峯昭彦先生)の論文はいずれもup dateの知見を提供してくれている.osteoporosisについては,動脈石灰化との深い関係を西沢良記教授にレヴューして戴いたが,基礎的な面のみならず治療についても共通の面のあることがわかって,非常に興味深い.またPTHあるいはDHEAのosteoporosisに対する治療効果が注目されていて,ことに前者への期待が大きい(上好昭孝教授および牛山敏夫先生).  
  関節リウマチの治療にうつ病への配慮が欠かせないことはよく喧伝されているが,両者の関係が実際にどうであるかについての江川功先生の貴重な意見が述べられている.同様にfibromyalgiaについても考慮されねばならない.近年急によくとりあげられるようになったfibromyalgiaについて,わが国でこの方面の研究の先達であり,経験の深い行岡正雄先生に現時点での全貌を紹介して戴いた.  
  RAの新しい自己抗体として注目を集めているanti citrulline-containing peptide antibodyの有用性は,これからのRAの早期診断にかかわるところが大きく,造詣の深い松野博明先生に解説をお願いした.  
  今回は治療についてのテーマが多い.膝OAや関節炎に対するエクササイズの効用は現在関心の高い課題であって,臨床面のみならず,基礎的研究でも新しい発表が次々と出てきていて,やがてリウマチ学会を賑わすものと思われる.  
  椎間板変性に対して椎間板再生を目指した遺伝子治療は,慢性脊椎疾患の治療に大きな転機をもたらすものであろう.また従来から最も求められている薬剤の一つである抗関節症薬の開発にPPAR-ligandsまたはPPAR-γをターゲットとした今後の発展が待たれる.これについて川人豊先生に,ご自身の実験成績に加えて展望を示して戴いた.  
  リウマチ患者を取りあつかう臨床医にとって,慢性炎症性疾患や加齢からくる関節障害に基づく下腿潰瘍や下腿浮腫,静脈血栓の治療に苦労することが少なくない.そこで竹原和彦教授,若木伸夫先生にその治療指針を示して戴いた.日常の診療に参考となることが多いと思う.  
  慢性骨関節疾患に対する治療には,疾患が様々の要因で発生し,患者内外の要因,さらに社会心理的な要因が加わり,多方面からの治療方法の適用が求められる.またその進行を防止すること,新たな発生を予防することまで考えて治療に当たらねばならない.わが国ではリウマチ病にはあまり行われていないが,extracorporeal shockwave therapyはリウマチ病の有用な治療手技として評価されているので,西須孝先生にその経験と現状を述べて戴いた.その他,志水正敏先生の睡眠時無呼吸症候群とRA治療,山下仁先生の関節リウマチの相補代替医療,石川肇先生の手の装具療法はそれぞれ有効な保存療法を呈示してくれていて,RA治療の大きな参考となり啓発されるところが多いものと確信している.なおリウマチの手術療法として現在関心の高い肘の人工関節について,この方面の第一人者である井上一教授を煩わした.またロボット手術について,柿本明博先生にうまく解説して戴き喜んでいる.  
  これら慢性進行性の疾患に対する治療のもう一つの問題点は治療成績をいかに評価するかということである.また疾患の性質上評価に時間的経過が強くかかわる.つまりリウマチ病のoutcomeを,何を,どのように,どの時期に測定するのか,あるいは測定できるのかの問題がクローズアップされてきている.近着のArthritis and Rheumatismが特集号(supplement)を表紙の色も変えて出版して,outcome評価の問題を扱っているのは時代の流れといわざるを得ず,大いに納得させられるものがある.

2003年12月    七 川 歡 次