はじめに  

 “Scleroderma is a treatable disease" この言葉は、私が尊敬する米国の強皮症臨床医であるSeibold教授が、第3回強皮症研究会議(1999年3月、東京で開催)の講演の際に述べた忘れられない一節である。  
 これに対して、約10年前に開催された日本皮膚科学会総会で、特別講演を行った膠原病領域ではわが国で高名な内科教授が「強皮症の患者さんは、受診してもらっても何もすることはないと説明して帰ってもらうだけですから」と発言した際には、涙が出るほど悲しい想いをした。しかし、同時に「強皮症の臨床と研究に熱意をもち続ける有志」を結集して、強皮症研究の火を焼やし続けなければならないと心に誓う日にもなった。  
  その後、現慶應大学先端医科学研・桑名正隆先生の発案で、「診療科を問わず広く強皮症研究者が集まり、最新の情報を交換し、また共同研究を行うことによって、強皮症の診断、治療に貢献すること」を目的とし、平成9年、先に述べた強皮症研究会議(Scleroderma Study Conference;SScの会)の発足することとなった。皮膚科代表は私が、内科代表は近藤啓文北里大内科教授が担当することとなり、幅広い領域から、強皮症に関心をもつ有志が集まる勉強会であり正式な学会には敢えてしていない。  
  本会議は、毎年1回の研究会(平成9年〜13年までは3月、平成14年からは1月)を開催し、過去6回で合計162題(特別講演、シンポジウムを含む)の強皮症の病因から治療に関する演題について、さまざまな診療科から毎回100名程度に及ぶ多数の強皮症研究者が参加し、活発な討論が行われてきた。なお、第6回よりは、厚生労働省「強皮症における病因解明と根治的治療法の開発」研究班(主任研究者:竹原和彦)との合同会議となり、より多数の演題(41題)が発表された。  
  本会議は、情報交換のみならず、臨床医・研究者に対する教育的な活動にも取り組み、  
  ・Seibold教授(米国)による皮膚硬化の重症度を示すスキン・スコアについての教育講演と実地セミナー(第3回)  
  ABlack教授(英国)による最新の治療法についての教育講演および討論会(第5回)  
  BSteen教授(米国)による、内臓病変についての病因、管理、治療についての教育講演および討論会(第6回)
  など、海外よりの最新の情報収集と世界的エキスパートによる啓発活動にも努めてきた。  
  また、強皮症研究会議(SScの会)によるインターネットによる患者相談システムなどを通じて、広く患者に対する啓発や支援活動も続けてきた。  
  今回、永井書店の「よくわかる」シリーズで、膠原病を取りあげる企画の依頼を頂いた。これまで、膠原病全体を網羅する教科書は数多く出版されているが、このような場合、強皮症に関する記載はせいぜい20ページ程度であり、個々の症例に対する指南書としては不十分なものしか存在しなかった。  
  現在、わが国における全身性強皮症患者は特定疾患認定患者のみでも、約1万5,000人と推定されている。適格な診断を受けずに見逃されている患者や、診断確定に至らない段階の軽症例・不全型例、関連疾患としての限局性強皮症や好酸球性筋膜炎などを含めると10万人前後の患者が強皮症関連疾患として存在すると推定される。したがって、わが国でも一般医に対する強皮症の詳細な解説書は不可欠のものであるはずであるが、これまで存在しなかったのである。  
  これに対して、欧米ではJablonskaによるScleroderma and Pseudoscleroderma1)(Stroudsburg, Pa, USA. Dowder, Hutchinson & Ross, Inc. 1975.)、ClementsとFurstの編集による “Systemic Sclerosis“2)(Philip J. Philadelphia. Williams & Wilkins A WAVERLY COMPANY. 1996.)、Rheumatic Diseases Clinics of North Americaシリーズにおいては1990にLeRoyがゲスト編集者として3)、“Scleroderma"(Philadelphia. W. B. SAUNDERS COMPANY. 1990)、1996にはSteenがゲスト編集者として同じく “Scleroderma“ のタイトル(Philadelphia. W. B. SAUNDERS COMPANY. 1996)で4)、また、ごく最近ではWhiteがゲスト編集者として同じく “Scleroderma“(Philadelphia.W. B. SAUNDERS COMPANY. 2003)5)と強皮症のみを対象とした数百ページの成書が次々と出版されている。  
  今回、永井書店から「膠原病についての教科書を出版したい」との申し出に対して、強皮症に限定した成書の企画を逆提案し、心よく引き受けて頂いた。  本書の分担業者は、過去5年間「強皮症研究会議」で活動的に参加して頂いたメンバーより、その専門領域ごとに厳選して最もふさわしいと思われる執筆者を決定した。  
  本書は、今なお研究途上にある強皮症研究者・臨床医の研究成果をより幅広く、正確に、さらにきめ細かく一般臨床を通じて、診断、治療、QOLの改善という形で患者に還元することを目指すものである。強皮症研究者・臨床医の情熱と英知を結集した“熱き本”を今、世に送りたい。  

平成16年1月  竹原和彦

【文 献】
1) S Jablonska (ed):Scleroderma and pseudoscleroderma. Stroudsburg, Pa, Dowder, Hutchinson & Ross, Inc. USA 1975.
2) Clements PJ, Furst DE (eds):Systemic Sclerosis. Williams & Wilkins A WAVERLY COMPANY, Philadelphia, 1996.
3) LeRoy EC (ed):Rheumatic disease clinics of north America. Scleroderma 16(1), 1990.
4) Steen VD (ed):Rheumatic disease clinics of north America. Scleroderma 22(4), 1996.
5) White B:Rheumatic disease clinics of north America. Scleroderma 29(2), 2003.