序 文(シュミレイション内科 呼吸器疾患を探る 腫瘍編)

 肺癌は現在,最も注目されている疾患である.肺癌死亡者数は悪性腫瘍中第1位を占め,少なくとも今後20年間は増加することが予測されているからである.したがって,今後20年間は肺癌を診療できる医師の養成が重要な課題である.
 肺癌の5年生存率は1960年代で約12%であったが,2000年には約35%にまで改善している.40年間で20%強改善したわけである.本書は,今後,さらに肺癌診療を発展させようと考えているパイオニア精神に溢れた医学生や研修医と,呼吸器専門医を目指して勉強中の若い医師を対象に編纂した.総論編,疾患編各章の執筆は,広島大学医学部第2内科出身者を中心に,肺癌診療の専門医にお願いした.
 医師の日常は,まさに臨床決断の連続といえる.適切な判断力の養成が最重要課題である.臨床医としての能力を磨くために,最も有効な方法は,病者の訴える症状,病者が置かれた状況をできるだけ速やかに,適切に判断する能力を養うことである.この判断が誤っていれば,その後の診療は有効なものにならないからである.したがって,本書の疾患編では,日常肺癌診療で遭遇する代表的な30種類の状況を精選し,問題形式のシミュレイションを行っている.
 本書は,呼吸器専門医を目指している内科医も読者と想定して編集したので,医学生が各章の内容全般を一度に理解し,記憶しようとするならば,頭脳の混乱を招くかもしれない.そこで,本書の読み方について述べてみたい.専門医を目指す内科医には,興味のある章から始めて全体を通読して欲しい.医学生や研修医には,まず,総論各章のタイトルと見出しおよび写真や図表に目を通して欲しい.興味の湧いた図表があれば,その図表の説明をしている本文を詳しく読むべきである.
 疾患編の各章は,自覚症状が契機となって診断された肺癌(1〜7章),鑑別診断や合併症としての肺癌が問題となった症例(8〜12章),画像診断上の問題点が診断に重要な症例(13〜18章),それから,治療や副作用への対処法を中心課題とした症例を配置した(20〜30章).学生の研修医諸君は,症例提示を熟読したうえで問題に手をつけて欲しい.できれば最低24時間以上は解説編に目を通さず,その間よく考えてから解説に目を通すことをお勧めしたい.その待ち時間に判断力が養われるに違いない.このように本書を上手に利用すれば,肺癌患者の診療の実際を頭の中でシミュレートする能力が養われ,それは実際の診療能力を飛躍的に高めるであろう.
 最後に,本書の執筆に参加していただいた先生方,編者に執筆活動そのものの重要性をご教示いただいた恩師の愛媛大学名誉教授日和田邦夫先生,本書編集の機会を与えていただいた永井書店の皆様に感謝申し上げます.
 2003年4月 広島大学大学院医歯薬学総合研究科分子内科学(第二内科)
 河野 修興