序   文  

 わが国第四位の死因である肺炎の92%は65歳以上の老人で占められている.抗生剤の発達により小児の肺炎での死亡率は激減したが,老人の肺炎の死亡率は30年前と不変である.この原因として若年者の肺炎は外因性であるが老人の肺炎は内因性であり,いくら抗生剤で治療しても内因性が改善していなければすぐまた肺炎に罹患し,そのうちMRSAが出て死亡につながるからである.100年前にOslerは「肺炎は老人の友」と既にお見透しだった由縁である.老人福祉施設で一担肺炎に罹患すると,いくら抗生剤を使用しても80%は肺炎で死亡し,20%しか救命できないのが現状であり,1OO年前にOslerが指摘したとおりになって老人の肺炎の治療は進歩していないようにみえる.要介護老人の直接死因として感染症が半分であり,肺炎は要介護老人の直接死因の30%を占めており,老人にとっては厚生労働省で死因の統計として出されている第4位より,実質は多い.  
  しかし,最近老人の肺炎の機序が解明され新たな対策が可能となってきた.老人の肺炎を抗生剤で治療する際にアンギオテンシン阻害剤(ACEi),ドパミン製剤,半夏厚朴湯などを併用することにより肺炎による死亡率とMRSA出現の頻度を半分以下に抑制し,抗生剤の使用量,入院日数,医療費を半分から2/3に減少させることができる.
  老人の肺炎は不顕性誤嚥によって生じるため,抗生剤でいくら肺炎を治療しても不顕性誤嚥という内因性原因を取り除かない限り,治す力と増悪させる力のせめぎ合いで難治性に至っている.ACEiなどでサブスタンスPを口腔や気管に放出させ,嚥下反射と咳反射を正常に保つことで不顕性誤嚥を予防することができれば,難治性ではなく,若年者の肺炎なみに治療が可能になってくることを示している.  
  サブスタンスPが不足する理由は深部皮質の脳血管障害である.今日脳血管障害の大部分は脳梗塞であり,深部皮質に生じる.要介護老人の基礎疾患として脳血管障害が60%を占め,直接死因として肺炎が30%であることからも,肺炎の原因は脳血管障害であり,肺炎は脳の病気ともいえる.脳梗塞予防薬により肺炎の発症が予防できる.  
  老人の肺炎の難治性の原因は細菌に対する細胞性免疫の低下も挙げられる.日本の老人はツベルクリン反応が陽性のはずであるが,陰性では細胞性免疫は低下していることを示している.ちなみにBCGワクチンを注射してツベルクリン反応が陽転して細胞性免疫が亢上した場合には肺炎の発症が抑制できる.細胞性免疫を低下させないためには,普段から,決定的に至らない程度の細菌にさらされて細胞性免疫をきたえる必要があろう.多少きたない環境で土いじりをしたりして手足に傷をつけ細菌にさらされる環境が役立つ.  
  要介護老人でもインフルエンザワクチンは抗体価を上昇させ役立つため,準法定伝染病として接種を推められている.しかし,精神的落ち込みがあるとインフルエンザワクチンでも抗体価は上昇してこない.老人は落ち込みやすい.2300年前に孔子が理想像として語った言葉とはかけ離れ現実は異なる.落ち込むと3倍かぜをひきやすくなる.精神的ケアは抗体価を上昇させる液性免疫のみならず細胞性免疫を高めるために必要である.  
  市中肺炎の起因菌として肺炎球菌は30%を占めているが,肺炎球菌ワクチンは要介護老人にも肺炎予防効果を示す.肺炎球菌ワクチンは肺炎球菌にとどまらず,細胞性免疫も全体として高めると考えられる.  
  以上のように老人の肺炎の対策は単に肺という臓器にとどまらず,全身の対策でもあり,近年これらのevidence-based medicine(EBM)により肺炎対策が進歩してきた.本書は現在入手できる最新情報を盛り込んだ内容となっており役立つことを願っている.

 

平成15年12月吉日 佐々木英忠