「本書は,試験対策として何を知ればよいかを簡単に教えてくれる.しかし,それは単に出発点でしかない.検査の怖さを知り,判断することの難しさを実感するために本書が出発点として役立つことを願ってやまない.そして何よりも技師に求められているのは,被検者・患者をいたわる人格が滲み出るような検査とは何かを探し続ける努力ではないか.」
((財)早期胃癌検診協会理事長 丸山 雅一「推薦のことば」より抜粋)

発刊によせて
 わが国のがん死亡患者数が第1位に定着して以来,がん予防に対する国民的な関心は高まり,83年2月,老人保健法施行により胃集検受診率を30%に引き上げ,1,060万人を対象にすることが決められた.しかし,胃集検を受診したにもかかわらず胃がんの見逃しによる主婦の死亡を,医師の責任として遺族が告訴した事件で,昭和59年5月の神戸地裁判決はがんを見逃した側を免責し原告の訴えを退けている.その理由を“胃集検の現在の方式では絶対的信頼を置けない”とした.
 この判決が指摘しているように全国の胃集検実施機関の実態や,実検成績には著しい格差がみられ,胃集検の効果・効率の面で費用を費やしている半面,救命しうるがんの“知られざる見逃し”をしているのが現状といえる.この判決の意味を考える時,胃集検の第一線に従事している診療放射線技師として,胃集検の精度管理向上は社会に重大な責任を負っている.現在,わが国において消化管X線造影部門の目標は,救命しうるがんの発見率を引き上げ“知られざる見逃し”をなくし,微小胃がん・IIb病変・食道の早期がんを質的診断可能な画像として,造影することに置かれている.
 受診者総数が665万人を超えた胃がん検診の,その多くを放射線技師が行っている.放射線技師は胃がん検診に深くかかわる専門家としてではなく,“従事者”として「対がん10カ年総合戦略事業」を進めてきた.撮影を行う放射線技師が“従事者”として医師の具体的に指示されたことしか行わないのか,それとも,異常が疑われる時や,異常をみつけた時は,それらが具体的に描写される撮影体位や撮影枚数の追加を倫理感を持って行うか.医師に診断の一情報を提供することを業とする放射線技師としては,医師との信頼関係なくして仕事を行うことはできない,医師との信頼関係を築き保つうえでも,定められた範囲の責任と裁量を持ち行動することは重要なことで,倫理感を持ち社会的責任をまっとうすることが医療人として求められていることである.
 医師が育つ大学病院では,消化管造影を担当する人は少なくなり,研修期間もわずかで,X線診断を専門とする医師は少なくなってきている.この実態は全国に広がっている.診断できる医師が少なくなってきている.造影した技師が形態学の宿命である質の高い画像を作るために必要な読影をしない,リポートも書かない,読影診断は医師がやる.技師は撮っているだけでよいのだろうか.放射線技師の消化管撮影は法律違反だとか放射線技師の読影は好ましくないなどという議論の時代は過ぎた.これからは与えられた仕事をこなすというだけでなく,撮影をよりスピーディーに,また,質を高めるように研究していく時代に入ったということができる.しかし,消化管がん検診にかかわる技師が,公な臨床研修を受けていない点に問題がある.このことを補うために,消化管がん検診における技師の立場を,より積極的に社会的に認知させてゆくために,今年,学会認定胃がん検診専門技師が誕生した.認定技師として検査の責任・精度の質を下げることなく諸先生方の築きあげた技術を継承して,最良の画像情報を医師に提供できるよう努力することである.専門技師として必要なことをこの一冊にまとめ,上部消化管検査にかかわるすべてを網羅している書としてお役に立てて頂ければ幸いである.
編集責任 海老根精二