序 文
筆者には,産婦人科の手術を網羅して手順を記述するような能力は全くない.だから本書は,いわゆる手術書とは言いがたい.ただ,筆者は30年余,診療最前線の産婦人科医として,子宮筋腫や良性の卵巣嚢腫などについて,少しでも侵襲の少ない手術を患者さんに提供したいと思い続けてきた.本書は,筆者自らの手術をよりそれに近付けるために,色々工夫したテクニックや器具についての,いわばノートと言えるものである.
そして,本書で言わんとするところは,最近の腹腔鏡下手術の隆盛にもかかわらず,腟式手術こそが婦人科手術の最善であろう言うことである.
この考えは,「子宮外妊娠は,ダグラスを開けて血液を排出して卵管を切除した」とか,「PIDは,ダグラスからドレーンを入れて排膿しておけば簡単に治った」,「イソゾールでアウスのついでに,膀胱子宮窩を開けて卵管を縛っておいた」などと,先輩たちが言うのを聞くに及んで,ますます確信となる.まして未破裂の卵管妊娠が診断できる現在,なぜ腹壁を傷つけなくてはならないのだろうか.われわれは今一度,腟式手術を見直し,疾患によっては(例えば筋腫や良性卵巣嚢腫),腟式に回帰すべきなのではなかろうか.
しかし,腟式手術はやはり敬遠されがちである.なぜか? それは視野が狭く,開腹術のように臓器を目で見ながらするのではなく,経験を要するからであろう.
そこで筆者は,なるべく誰にでも,臓器や器官の境界が目に見えるとか,指で触れるように,初心者でもかなりの自信をもって,安全容易に腟式手術に取り組めるように,色々工夫したつもりである.その多くは既に,日本産婦人科手術学会や「産婦人科治療」誌上に発表したものであるが,かなり内容を改変したものもある.
もう一点,本書はなるべく実際のカラー画像をもって構成した.と言うのは,多くの手術書のイラストは,概念としては理解できるが,それを目の前の実物に演繹しがたい面があると思ったからである.ただ,mini‐DVやVHSの動画から起こしたものもあって,ポイントが遠景であったりピントがあまいものが混じっているのは残念である.
しかし,このような工夫をしたにもかかわらず,「日の下に新しきものなし(Nichts neues unter der Sonne)」である.これこそ,自分が工夫したと思うことでも,いろいろ手術書を読んで見ると,とっくの昔に先人が発表していることが多い.本書の内容が,そんな言い古されたものばかりで嗤われないことを,そして少しでも諸賢の参考に資するところがあらんことを,祈るばかりである.
2002年3月 多祢正雄