はじめに

 −このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ−

          (「ハムレット」シェークスピア)

 

 

 医師は治療するときにいつもハムレットの心境である。つまりやるべきか? 賛成か? 逆にやらざるべきか? 反対か? と自問自答し悩んでいる。しかし問題を前にしていつまでも立ちすくんではいられない。医師とは、これら両者の問いにすかさず答えて苦しんでいる患者の助けとなる答えの選択を速やかに決断して、一歩でも前に前進することを求められている職業である。

そのためには、医師は正しい科学的な知識ならびに情報を得て,正しく治療を選択し,創造(imagination)していく能力を身につけておく必要がある。この新しい知を創造する力を身につけるためには、創造するための方法論を身につけることである。そのための具体的な学習法を伝えるためにこの本を企画した。

 

 1.対象となる読者

 この本は科学的な知識、情報に基づいて正しい診断を選択することを学ぶ本であり、医学生、研修医ならびに医員、さらには広く実地医家を対象として書いたものである。この統合された方法論を身につけることによって、医学ならびにヘルスケアに携わる人たちの治療決定に役立つことを目的としている。

 

 2.本の目的

 この本を読み終わった後、読者は次の目的を達成できるであろう。

・治療情報の集め方を会得できる。

・集めた情報を正しく取捨選択するノウハウを身につけることができる。

・正しい治療方針を立てることができる。

・治療するか否か? 治療するとすればいかなる治療法を選択するかを知ることができる。

・予防できるか否か? について正しく判断できるようになる。

・医療コストを下げて、いかにして利益を上げる、しかも医学的な証拠を十分に満たす医療ができるかを知ることができる。

・つまり、目前に迫った定額医療に対する新たなノウハウを学べる。

 

 3.構成について

 この本の構成は、正しい治療の選び方を各項目に分けて示すようにした。この図でこの本の構成のあらましを示している。第1部では、いかにして正しい医療情報を選ぶことができるかについて述べた。さらにそのために情報、つまりMEDLINE、INTERNET、その他の研究成績の入手方法について述べた。これらはどんな山間僻地にいようとも、今日いつでも誰にでも入手できる方法である。次に得られた情報の確からしさを評価して自分の患者に適用できる方法について述べた。さらに今日では主な疾患の治療ガイドラインが提唱されているので、そのガイドラインを自分の患者にどのように応用したらよいかという点について述べた。

 第2部では正しい治療ならびに治療方針の選び方について述べた。まず診断を決めて、治療方針を立てる手順について記載した。そして数ある治療をどう妥当に選択していったらよいのかについて述べ、予後と関連をまとめた。さらに治療を始めるか否か? 薬の副作用をどう予測するか? を具体的に述べた。疾患を予防できるかできないか? について具体的な方法をまとめて示した。最後に、いかにして医療コストを下げて科学的に妥当な治療を行い、医療利益を上げることができるかについて述べた。

 第3部では治療の限界とその打破について述べた。死、末期がん、心不全を取り上げた。さらに医療コスト・医療保険の限界を定額医療を踏まえて述べた。

 

 4.本書の特徴について

 本書の特徴は次に述べる項目にある。

 ●構成の部分で述べた各章に分けて個々に論じた。

 ●具体的な設問を各項目で決めた。

 ●設問の次にまずこの一般的な解説を行った。そしてこの問題に対する一般的な知識を提供できるようにした。

 ●その次に設問に合う具体的な症例を挙げて、その症例に関する問題点、例えば手術すべきか? せざるべきか? というような問題を賛成(pro.)・反対(con.)の立場から別々の立場で論じることにした。これはディベート(debate)の方式である。医師が科学的に知識を選び出して評価するためには、ディベートが重要であると考えたからである。今や医療の国際化の中で問われていることは知の創造である。そこで日本がこれまで中国、ヨーロッパ、米国から知識(認識論)を適当に真似て輸入してきたことを廃し、この問題ではディベートの方式をとり、医師自らが創造できる知識を学べるように努めた。

 ●最後に、執筆者がいわば行司役となって前述の賛成派と反対派の意見に対する自身の選択について論理的に解説するようにした。このディベートの過程を通して、読者に創造による問題方法を習得してもらえるようにと思い、この本を書いた。

 現実の医療の場では夢のみを追ってはいけない。与えられた厳しい現実の中で自らが構成力を発揮して、目の前にある患者の難問をすばやく科学的に、しかも妥当に評価していく能力が今こそ求められている。今日のコンピューター時代では、インターネットの網が日本中に張り巡らされて、知識は誰でも、どこでも、いつでも得ることができる。だから治療にあたっては溢れる情報、知識をいかに処理して妥当に判断していくかという能力が求められている。つまり、医療を行うにはこれまでと違った知の創造という新しい能力をつけておくことが21世紀の医師には求められていると考えている。

 医師は治療にあたり、いつまでも迷ってはいられない。また、後から後から押し寄せる情報で鞭打ち症にならぬようにしっかり科学の安全ベルトを締めておいてほしい。そのうえで確実に少しでも前進していくことである。そのためには医師の治療上での迷いを減らし、科学的な根拠を元に正しく速やかに判断し解決できる治療を、この「ハムレットの治療」と題した本で示すことができれば執筆者一同の目的が叶うと願っている。

 なお本書出版にあたり終始懇篤なご配慮を頂いた永井書店編集長 高山静氏ならびに山本美恵子氏に心より謝意を表します。

 

 平成13年10月吉日

 田村 康二