■ 本書の利用にあたって ■
患者と医療者がよりよい信頼関係を築き、患者の自己決定権を尊重したインフォームド・コンセントの理念に基づいた医療を行っていくためには、医療者には積極的な診療情報の提供が求められている。また、円滑なチーム医療を展開していくためは、医療者間での正確かつ迅速な情報の流通が不可欠である。診療録をはじめ、診断書、指示書、診療情報提供書などの医療文書は、この情報伝達のためのコミュニケーションツールといえる。
平成20年の診療報酬改定により、病院勤務医師の負担の軽減を図り、診察に専念できる環境を整備することを目的に、医師事務作業補助体制加算が新設された。さらに、平成22年の改定では、医師事務作業補助者(以下、医療クラーク)を増員した場合の評価、施設基準の要件の緩和、加算点数の引き上げが行われるなど、医療クラークに対する期待は大きい。医師が行う文書作成などの事務作業を、事務職員が代行できることを認める法的な根拠は、平成19年に出された「医師及び医療関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進について」(医政発第1228001号)に基づく。このいわゆる「役割分担」通知の中で、書類作成などにかかわる事務については、「一定の条件の下で、医師に代わって事務職員が代行することも可能である」ことが記されており、具体的な例として、I.診断書、診療録および処方せんの作成、II.主治医意見書の作成、III.診察や検査の予約、が挙げられている。通知は、診療録管理の点からみると、代行(仮作成)とはいえ、医師以外の者が医師の診療録を作成することを認めた画期的なものといえる。「役割分担」通知の発出と、その後の医師事務作業補助体制加算の新設の背景には、近年の勤務医師の業務負担増があるのは明らかである。しかし、単にそればかりではなく、根底には、長年にわたり改善が叫ばれている診療録作成・管理の問題、診療情報開示を求める社会的要請があると考えられる。特に、整備が遅れている「開示に値する」診療録の作成など、医療文書の質向上に対する医療クラークへの期待は大きい。
本書では、診療録に書かれた内容を診断書、指示書、診療情報提供書など所定の書式にまとめたものを医療書類とし、診療録と合わせて医療文書と定義した。日常診療の中で、医師や医療クラークが記載をすることが多い36の書類について、1.記載の意義、2.作成時の留意点、3.記載事項および方法について概論し、症例を提示した。診療録の作成は、問題志向型診療記録(Problem
Oriented Medical Record;POMR)について解説した。診療で扱う医療書類は多岐にわたり、作成の難易度もさまざまである。すべてを網羅することは困難で、本書で提示した基本的な事項を習得することで、応用可能な文書作成能力が身につくと考えている。また、書類作成に必要な医学知識については、例えば、がんの病理診断・病期については「生命保険診断書(がん)」、意識状態の評価については「自動車損害賠償責任保険診断書」、褥瘡の深達度分類については「訪問看護指示書」の中で解説するなど、書類作成を通じて学べるように配慮した。これから臨床に携わる若い医師や、医師の事務作業を補助する医療クラークにとって、本書が質の高い医療文書を作成するための一助となれば幸いである。