診療所での 実践 泌尿器外来
−開設準備から日常の外来診断・治療および短期入院手術まで−
- 編 集
- 編著:高井 計弘(たかいクリニック 院長)
- 発行年
- 2007年11月
- 分 類
- 泌尿器科学
- 仕 様
- B5判・408頁・図399(写真320/カラー96)・表89
- 定 価
- 定価 9,975円(本体 9,500円+税5%)
- ISBN
- 978-4-8159-1798-2
- 特 色
- 本書は,『医療崩壊』が謂われる厳しい医療環境のなかでこれから開業されようとし,あるいはすでにされている医家を対象に,勤務医時代のように資力や人,組織,社会的信用を活用出来ないという限定のもとで,開業医には「何が出来ないか,何が出来なければならないか」を説いている.開業医が自己の専門にとらわれない「実地医学」を学ぶための臨床解説書である.
泌尿器科を特化する診療所での活用を目指し,泌尿器科医としての経験に裏づけされた実践的な知識・技術を披露するとともに,日常よく出会う疾患を中心に,X線写真,エコー写真,内視鏡写真を豊富に盛り込み,診療所で行える麻酔,手術などの実例や検査,診断,治療法を,開業医に参考となるものにしぼって詳解している.
実践的な泌尿器科の臨床解説書としての体裁をとりながら,開業に迷ったとき,開業医の意味を見つめ直すとき,常に相談できる良きパートナーである.
●まえがき●
筆者は、恩師から、何でもよいから「一隅を照らす」仕事をするよう指導された。心ひそかにそうありたいと思っていたが、永井書店より泌尿器科手術手技書を数冊出版する機会を得られたうえに、それらが予想外の好評を得た。
その後、勤務医を辞し、一診療所の新米開業医となった。開業当初より永井書店東京店編集長山静氏から、これまでの経験から泌尿器科医のみならず、一般診療所向きの泌尿器科の実践書を考えてくれと依頼されていた。開業形式は各種のスタイルがあり、十数年を経て地域に根ざした経験豊富な開業医こそが、その執筆の任に適する。いまだ慣れない環境で余裕のない筆者だが、これも「一隅」と捉え、未熟な知識のまま筆者の悩みを打ち明けるような内容でもよければ、という条件でお引き受けした。
最近の開業スタイルは、都会ではビル内の診療が中心であり、地方でも無床の診療所が多くなっている。筆者の診療所は、泌尿器科内視鏡手術(TUR)を行えるよう、1床を有している。また、泌尿器科を中心として第一次医療の高齢者を、全人的に診られるような一般医を目指している。医療界では、専門分野は専門医に任せるべきという考えと、ある程度の総合診療ができなければいけないという考えがある。筆者の考えに批判はあると思うが、1つの私見を提示したい。
本書の目的は、第一次医療を担う診療所の臨床解説である。最先端の大病院の診療レベルからみると、いくつかの重要な論点が脱落していることをお許し願いたい。基礎理論・稀な疾患の総説、診療所では対応できない進行性泌尿器科癌の治療の詳細、国公立病院・医療センターなど一部施設で行われている先端医療の解説などは、大著の教科書や、最近のジャーナルに任せ、本書では省略した。
筆者のこれまでの経験を中心に、診療所の外来診療で大きな“抜け”がないように、一般によく出会う疾患を中心に記載した。代表的疾患の実例、検査、診断、治療法にあたっては、患者の日常生活動作(ADL)を考え、生活の質(QOL)を維持する妥当なものを、開業医に参考になると思われるものに絞り込んだ。最近の泌尿器科疾患の診断・治療ガイドラインも提示した。泌尿器科に特化する診療所として、X線写真、エコー写真、内視鏡写真を多く扱った。
開業すると、ただ自分の専門分野だけを診ればよいという毎日ではない。病院では学ぶ機会がない、開業医に必須の“実地医学”なるものを学ばなければならない。まだ開業医としての確かな展望が開けず、筆者自身が右往左往しているときが、勤務医時代との差を実感できると思い、筆者の開業までの準備、心構えなどの章を、前半に設けた点が本書の特長の1つである。
共著者として、東京大学医学部泌尿器科学教室同門の久米春喜君、西松寛明君の協力を得た。筆者の不得手な部分を担当して頂いた。
本書で使用した体表所見の写真は、筆者が東京大学泌尿器科学教室に在籍し、関連病院(主に日本赤十字社医療センター泌尿器科)に勤務していたときに集めた例、およびクリニック開院後に撮影させて頂いた例である。本書での学術的な目的のみに使用し、個人情報の保護に基づき、患者自身の同意を得たうえで、個人が特定されないよう、氏名、年齢、性別の情報は最大限消去し、匿名化した。亡くなられた例、確認が取れない古い年代の症例などの写真や、エコー写真、X線写真、内視鏡写真についても、個人が特定されないように匿名化し、使用させて頂いた。
本書では、何度も「診療所で扱うべき事例ではない。病院に紹介してよい」とコメントした。これは現在、人員に危機的な不足を抱えている国公立病院に、すべてを押しつける意図ではない。一般社会は、すべての面で完全な医療を求めている。机上の空論、絵空事、医師の埃を被った古い倫理観だけでは、対応できない時代である。現状の日本の医療環境が続く限り、人員・設備とも圧倒的に劣る小さな診療所では、ここまでの医療が精一杯と考えるからである。
勤務医も開業医も、最先端の医療をup to dateに修得するのは、至難の業である。医療ミスの発生を恐れ、最新情報から遅れまいと、玉石混淆の情報を渉猟し、情報の樹海に足を取られてしまう毎日である。しかし、既に明治時代に、夏目漱石が『三四郎』の中で登場人物に言わせている。
《下宿屋のまずい飯を一日に十ぺん食ったらもの足りるようになるか考えてみろ》
─うまい飯なら1日3回で十分なのだろう。自分に必要な情報を効率よく、取捨選択する能力が必要である。
一部の狭量の病院医師には、知識が浅いと卑下される診療所の実地診療も、いざまとめようとすると膨大で記述が進まず、高山氏に約束した期日をはるかに超えてしまった。
本書がまずい飯にならないことを願う。
[注釈]
本書での略語は、初回記載時に正式名を記載した。一般医に馴染みの薄い略語は、各単元、各論の項目掲載時にも、再度、正式名を記載し、以後は略語での記載とした。
薬剤名も同じく、初回記載時に、または各論の項目掲載時に、一般名、商品名を記載し、以後は商品名での記載とした。診療所は、世に出ているすべての薬剤を常備できるわけではない。また、1人の医師の処方経験も限られている。本書の処方はあくまでも、パーソナルドラッグ(P─drug)例である。
文中のイラストは、筆者の診療所受付事務員の秋山友枝嬢が作成した。
平成19年11月吉日
高井計弘
■ 主要目次
I 診療所開業への準備
1.本書で筆者が定義する診療所
2.病院・診療所を取り巻く現在の医療環境
3.開業医になるための資質
4.勤務医から開業医に転進するまでの実際の準備
5.開業地の地域性の問題
II 診療所の役割
1.診療所にもつ患者の一般的イメージ
2.診療所建設の準備
3.診療所が計画するスタッフ、検査機器、治療手段、その他
4.診療所が多く扱う疾患群
5.周辺の他診療所との連携
6.地域の基幹病院への紹介
7.病院と診療所の違いの再認識
8.泌尿器科診療所の専門性はどうするか
III 診療所の実際の1例
1.受付、待合室
2.トイレ
3.検査室
4.診察室
5.処置室
6.X線撮影室
7.手術室
8.病室
9.理学療法室
IV 診察手順
1.問診・面接
2.泌尿器科症状を主徴とする聴取
3.一般診察
V 検査項目
1.症状スコア
2.血液検査
3.検尿
4.蓄尿検査(腎機能障害検査を中心に)
5.精液検査
6.尿流測定(UFM)
7.エコー検査
8.X線検査
9.膀胱尿道鏡
10.CT、MRI検査、核医学検査(骨シンチなど)、血管造影
11.その他、キャリア、予算により用意する機器
VI 泌尿器科的処置
1.導尿、膀胱カテーテル留置
2.膀胱洗浄
3.尿道ブジー
4.膀胱穿刺、経皮膀胱瘻造設
5.前立腺生検(超音波ガイド下)
6.嵌頓包茎の整復
7.陰水腫穿刺
8.清潔間欠自己導尿
9.創縫合
VII 診療ガイドライン、クリニカルパス、
パーソナルドラッグについて
1.診療ガイドラインについて
2.クリニカルパスについて
3.パーソナルドラッグについて
VIII 診療所が扱う各疾患について
1.不定愁訴的な頻尿、夜間頻尿、残尿感、下腹部痛など
2.尿路感染症
3.性行為感染症(STD)
4.尿路結石症
5.前立腺肥大症(BPH)
6.前立腺癌
7.腎腫瘍
8.副腎疾患
9.膀胱腫瘍
10.精巣腫瘍、その他の尿路生殖器腫瘍
11.尿失禁
12.夜尿症
13.過活動膀胱(OAB)
14.神経因性膀胱(NB)
15.血尿(無症候性)、蛋白尿
16.腎機能障害
17.勃起不全(ED)
18.加齢男性性腺機能低下(LOH)症候群、男性更年期障害
19.不妊症
20.尿路性器外傷(損傷)
21.その他(稀に出会う泌尿器科疾患)
IX 診療所で行う麻酔
1.術前の評価
2.麻酔時のトラブルの対応
3.局所麻酔
4.ブロック麻酔
5.仙骨硬膜外麻酔
6.腰椎麻酔
7.サドルブロック(鞍上麻酔)
8.腰椎麻酔術後(サドルブロックを含む)合併症
9.経静脈的麻酔
X 診療所で行える手術
1.包茎治療
2.陰水腫根治術
3.経尿道的尿道切開術
4.経尿道的前立腺切除術(TURP)
5.経尿道的膀胱腫瘍切除術(TUR─Bt)
6.皮膚腫瘍摘出術:脂肪腫、アテローム(粉瘤)
7.経尿道的前立腺高温度治療(TUMT)
XI 最近の医療文献・医療情報へのアプローチ
1.文献検索