白血病はがん治療のパイオニアとして,20世紀のヒト腫瘍学を基礎・臨床の両面においてリードしてきた.これは,白血病では患者から十分量のがん細胞を供給して頂くことができるために,ヒトを対象とする研究ではしばしば隘路となる研究材料不足に悩まされることなく,十分な基礎研究ができることによる.そして,薬だけで治すことのできる最初のがんとなった.これも,白血病は放置すれば短期間で死に至る病気であるために思い切った治療手段を採用することができたことによる.その代表が副作用の強い殺細胞化学療法や造血幹細胞移植法である.
しかし,編者が医師免許を取得した翌年の1966年版の内科書(南江堂)では「白血病の治療には種々の方法が行われているが,まだ根治療法はなく,一時的緩解をきたしても結局は死亡する.したがって,現在の段階ではいかにして患者の生命を延長するか,あるいは,いかにして患者の活動力をできる限り維持するかという点に向かって努力を集中するにある」と記載されていた.
過去約40年間の白血病の歴史は,治療が強ければ強いほど治癒率が高くなることを教えてきた.事実,小児の急性リンパ性白血病においては,強力な化学療法により標準リスク群の80%以上を,高リスク群でも60%以上を治癒できるようになった.但し,強力な化学療法や造血幹細胞移植は,若年者においては,確かにより高い治癒率につながるものの,中高年者では強力治療をすることによって発生する有害事象のため,必ずしも治癒率の向上につながっていない.したがって,白血病は治るような病気になったとはいえ,まだまだ治すことは難しい病気であることには間違いない.
白血病を治癒させることのできなかった時代からその治療に携わってきた編者は,治すことができるようになったとはいえ,今や化学療法や造血幹細胞移植法による白血病の治療成績は限界に達しており,従来の治療法の少々の改良では,これ以上の治癒率の向上は望めそうになく,新しいパラダイムへの飛躍が絶対必要と考えている.
本書でも解説されているように,白血病は遺伝子の異常によって発生するがんである.遺伝子異常により生じたその産物(蛋白分子)ないしその欠損ががん化の原因となっている.すべての病気にもいえることであるが,病因そのものに対する治療法が最も望ましく,かつ副作用も少ないことが予測される.21世紀の白血病治療は,がん化の責任遺伝子産物を特異的ないしは選択的に標的としたものでなくてはならない.本書でも触れられている分子標的薬は,まさに,これに該当する病因そのものに作用する薬剤である.
本書でも解説されているように,急性前骨髄球性白血病に対するレチノイン酸や慢性骨髄性白血病に対するイマチニブなどによる分子標的療法は,驚異的な有効率と理論どおりの有害事象の少なさにより,驚くべき有用性を既に実証している.20世紀の化学療法や造血幹細胞移植の歴史と同様に,白血病におけるこれらの新しい発見は,すべてのがんの模範となり,近い将来,白血病を含めた多くのがんが分子標的法により治るようになるであろうと期待されている.
本書は血液専門医ではなく,研修医,若手内科医,開業医,看護師,薬剤師,検査技師や製薬会社のMRなどを念頭におき編集された.同時に,白血病患者やその家族が読んでもわかるように,できるだけわかりやすい解説書にすることを目指した.
執筆者には当然わかっている術語でも,研修医,開業医,看護師,薬剤師,検査技師,MRにはよくわからないものがたくさんある.ましてや,患者やその家族には皆目わからない.したがって,患者やその家族にもわかるように,術語を解説する「メモ」を必ず入れるようにした.さらに,医師,看護師,薬剤師のために,「注意点」,「重要事項」を少なくとも1個は入れて,注意を促すように工夫もした.
白血病のすべてにつき,医療従事者以外の方にもよくわかる解説書として編集された本書が,血液専門医を中心に,研修医,若手内科医師,開業医,看護師,薬剤師,検査技師など医療チームが,患者と一緒になって白血病を治してゆく過程の助けになれば幸いである.