人類社会の少子高齢化が進んでいる。2004年10月1日に発表されたわが国の人口は、1億2,768万人(男性6,229万5,000人、女性6,539万2,000人)であり、前年度と比較してわずか6万7,000人の増加であったが、増加率は0.005%と最低であり、2006年度からは総人口が減少に転ずると予想される。わが国の平均寿命は世界のトップレベルにあり、男性で78.6歳、女性では85.6歳である(「2004年簡易生命表」より)。一方、わが国の出生率は年々低下しており、2004年には最低の1.29人を記録した。人口維持のために必要な出生率は2.08人と計算されているので、このままの出生率が続くと、2050年には日本の人口の25%が失われることになる。
ちょうど2000年に、わが国における高齢者人口(65歳以上)が学童人口(15歳未満)を超えたが、2004年の高齢者比率は19.5%(このうち75歳以上が8.7%)、学童人口比率は13.9%と、その差は開く一方であり、2035〜2050年には3人に1人が高齢者の社会となる見込みである。
精神医学は「心と脳の問題」を内包したまま発展してきたといわれる。いまだに心の問題と脳の問題を十分に統合しきれていないかも知れない。振り返ってみると、1960〜1970年代の精神医学は、精神病理学と精神分析学とに重きがおかれ、実際の治療技法として精神分析療法、認知行動療法、対人関係療法、家族療法などの成果をあげたが、brainless psychiatryとの批判もあった。しかしながら、1980年代から精神医学は大きく変化し、生物学的精神医学の時代に入ったといってもよい。多くの精神疾患が脳の問題として理解されるようになり、脳科学の知見を基盤にして、多くの精神疾患の解明がなされようとしている。今や、精神疾患は脳科学の第一のターゲットであり、わが国の精神医学研究はここ数年大きな進歩を遂げている。
本書は、このような背景を踏まえて、世界に類をみない超高齢社会を形成しているわが国における精神医学と精神医療の指針となるべき教科書として企画したものである。したがって、これまでの精神医学の教科書の枠をはみ出している部分も多いかも知れない。
特徴は、
1.精神医学と老年医学の融合を試みたこと
2.高齢者の心と身体の臨床上の問題をともに取りあげたこと
3.高齢者に多くみられる疾患についてすべての診療科にわたって取りあげたこと
4.生物・心理・社会学的な側面を統合すべく心がけたこと
5.医療と介護と福祉のいずれの面もカバーしようとしたこと
などである。このような目的のために、執筆者は多方面にわたることとなった。臨床医学の各項目についてはほとんどすべての診療科の専門家にお願いし、基礎研究者から臨床家まで、医療従事者から介護・福祉の専門家まで、執筆者は多彩な顔ぶれになった。
本書の主旨に快く御賛同を頂き御執筆を頂いたすべての方々に心から厚く御礼を申し上げたい。また刊行にあたって、当初から粘り強く諸々の作業に携わって頂いた永井書店編集長 高山 静氏、渡邉弘文氏に深く感謝を申し上げたい。
2004年12月に行政用語として「認知症」が痴呆に代わる用語として提案された。現在は、医学用語としての妥当性について各学会において議論されているところである。老年精神医学会、痴呆ケア学会などは、医学用語としても「認知症」を広く使用していくとの判断のようである。もともと「痴呆」は明治時代に呉秀三がdementiaの訳語として使用したことに始まるのであるが、dementiaの訳語としても「認知症」を使用しようということが提案されている。本書では、このような流れに沿って、基本的に「認知症」を使用するように努めた。
本書が、他に類をみない老年精神医療の教科書として幅広く活用されることを、心より願うものである。