20世紀の半ばから増加しはじめた癌はとどまることを知らず,現在では死亡原因の約1/3を占め,本邦では年間約30万人が癌で死亡している.また,将来の癌による死亡数,罹患数を予測すると2020年には2000年の約1.5倍に増加すると推測され,癌は今以上の脅威になると考えられる.一方,癌研究者もこれを看過していたわけではなく,癌研究は分子生物学が応用可能となった1980年台の初頭から本格化した.その結果,多数の癌遺伝子,癌抑制遺伝子が同定され,これらの分子の機能が詳細に明らかにされてきた.これらの分子はそれぞれ癌治療における主要な治療標的と考えられ,21世紀の癌治療は分子標的療法の時代といわれ,従来の画一的な化学療法とは異なった新たな癌治療に期待が寄せられるようになった.実際,この数年の癌治療の進歩には目を見張るものがあり,従来の抗癌剤に加えてImatinib,Rituximab,Trastuzumabなどの分子標的療法剤が臨床の場で広く使用されるようになり,その有効性が確認されつつある.このように癌治療におけるEBM(Evidence Based Medicine)がリアルタイムで書き換えられつつある現状において,適切な治療法を選択するのは極めて難しく,専門家の集う学術集会においてもしばしば意見の食い違うところである.いわば豊かさ故の混沌の時代というのが現在の癌治療の状況である.
一方,癌治療においてはこの10年のうちに患者さんの立場,心情が極めて重用視されるようになってきた.インフォームドコンセントの必要性は言うまでもなく,セカンドオピニオンの重要性が認められるようになり,従来はホスピスの仕事と考えられた精神的ケアまでもが一般の臨床腫瘍医に求められる時代となってきた.残念なことに,こういった方面の教育は放置されてきたといっても過言ではないのが現状であり,今後何らかの教育システムの構築の必要と考えられる.
昨今,抗癌剤の使用量の間違いなど本来あってはいけないような医療事故がしばしば新聞を賑わすのを目にする.このような間違いが起こるのは,癌治療に素人の医師が見よう見まねで化学治療を行うからである.癌治療には,抗癌剤の作用機序,副作用,副作用対策などの確固とした基礎知識と豊富な臨床経験が必要とされる.抗癌剤治療は専門家が行うべきであるという観点から,現在,日本臨床腫瘍学会,日本癌治療学会,日本癌学会の3学会が中心となって共通したカリキュラムのもとで教育がおこなわれ,認定医,専門医制度が確立されようとしている.今後,この制度が確立されることにより,現在野放し状態の抗癌剤治療が,専門家のもとで行われることが期待される.
本書では,抗癌剤の基礎知識,分子標的療法剤の作用機序など全診療科領域にわたる癌治療の基礎知識を解説すると共に,各診療科領域における最先端の癌治療を紹介することにより臨床腫瘍学を系統立てて,しかも奥深く学べるように各項目を設定した.また,「抗がん剤の適正使用ガイドライン」という項目を設けることによって,医師の自己満足ではなく,患者のためになる化学療法がどういった治療であるのかを解説いただいた.更に,「精神的ケア」,「インフォームドコンセントの取り方」などの項目を設け,臨床腫瘍医に必要な医療技術・知識以外の対人関係における心遣いやコミュニケーションの取り方についても重点をおいて,本書を構成した.
本書一冊に臨床腫瘍内科医に必要な知識はほとんど網羅されており,しかも,それぞれの項目を各領域の一線の専門家の方に執筆いただいたので,本書は極めて充実した内容となっている.本誌が臨床腫瘍学を専攻とする内科医師に有用となるだけでなく,本誌を読んで「癌と闘う!」という強い意志をもって臨床腫瘍学を専攻しようという医師が現れることを願ってやまない.