序にかえて〜 本書が世に出たのは日本で最初の抗痴呆薬がやっと認可され,介護保険がスタートした頃であったが,それから早くも5年の歳月が流れた。幸いにも本書は痴呆についての最新のまとまった書物として歓迎されたが,このほどよりup-to-dateな内容を盛り込んだ改訂版ができあがった。この5年間の新しい歩みを振り返ってみると,まず軽度認知機能障害(mild congnitive impairment;MCI)という概念の普及がある。
この病態の概念自体は決して新しいものではないが,抗痴呆薬の登場によって早期治療がある程度まで可能になったという背景が,この病態に対する関心を高めたためと思われる。同時により早期の診断のために新しい画像や診断マーカーへ要望が高まり,その研究も進歩した。機能画像の進歩は,特に脳血流SPECTの三次元統計画像にみられ,さらにアミロイドの画像化も試みられつつある。このためにこの改訂版ではMCI,脳アミロイドの画像化の試み,アルツハイマー病の診断マーカーなどに関する項目を追加した。
治療面においてはドネペジル以外のコリンエステラーゼ阻害薬などがいくつか登場し欧米では承認されているが,わが国ではまだ承認されていない。その他いろいろな方面から抗痴呆薬の開発が行われているが,特記すべき治療法としてワクチン療法がある。この治療法は動物実験では優れた効果が確認され,ヒトを対象とした治験が開始されたが,途中で副作用として髄膜脳炎が発症することがわかり中止された。その後,わが国では経口ワクチンが開発され,これは注射ワクチンと異なりこのような副作用がみられないことから,ヒトに対する治験が期待されている。ワクチン療法についても現状解説のためにこの版では新しい項を設けた。
ところで,現在最も問題になっているのが痴呆という名称の問題である。この名称が差別用語であるという声があるとして,昨年厚生労働省は委員会を設けてこの問題の審議を依頼し,その結果行政用語としては「痴呆(症)」という名称を廃して「認知症」と呼ぶこととし,マスコミなどにもこの名称の使用を要請した。行政用語としてはもちろん,多くのマスコミなどでは既に「認知症」という名称が使われている。この名称には関連する学会での異論が多いが,行政用語と学術用語の不一致は不便との声もあり,学会でこの用語を使うか否かは今後の問題として残されている。現在の状況から学術書である本書が「認知症」という名称をすぐに使うのは時期尚早との考えと,本書が改訂版であることなどから,本書では初版と同様に「痴呆」という名称を用いることにしたことを御了承頂きたい。
内容を一新したこの改訂版が,初版と同様に痴呆(認知症)の診療・介護に従事される医師やコメディカルの皆様に広く読まれ,お役に立つことができれば執筆者一同の大きな喜びである。