序 文
脳卒中は以前より日本における代表的な疾患で,死亡率は第 3位になったとはいえ,発生率は極めて高く, 脳卒中の予防・治療を的確に行うことは,
慢性期のADL 障害・医療機関への長期受診などを考えると社会経済的にも極めて重要なことと思われる.その意味でも勤務医・開業医を問わず全ての内科医・脳外科医および研修医は脳卒中の病態・スタンダードの治療に通じている必要があると思われる.
本書の趣旨は,第一線の実地医家が脳卒中の診療を行う場合, 直接役立つ事項を具体的に述べるとともに, それらを最新の進歩した病態解明の理論により裏づけすることを目的としている.
このため執筆者には, この両面に精通し, 本書の趣旨を充分理解して下さる方々にお願いした.
脳卒中の病型は近年, 非常に変化してきている. 脳出血では以前よくみられた致命的な大出血は極めて少なくなり, 中小の出血が多くなってきてる.
脳梗塞は出血に比して発症は圧倒的に多く,穿通枝領域の小梗塞のほか, 大血管の動脈硬化病変による症例も増加している.また,比較的高齢者にみられる心房細動よりの脳塞栓も高頻度にみられるようになった.
脳卒中診療の基本的な対策としては, 危険因子をコントロールし,発症・再発の予防に力を入れることが最も大切なことは明らかである. 中でも高血圧,
糖尿病に対する治療は重要であり, 社会的には職場での検診により早期発見・早期治療を行えるシステムづくりが求められている.
脳卒中の治療には最近めざましい進展がみられ,以前のように発作があればただ安静が必要という時代とはまったく異なっている.
脳梗塞の病態の解明が,直接治療方針の決定に結びつくようになったことが,急性期の治療を急速に前進させた一つの要因と思われる.
これを臨床の場で可能にしたものは,診断面ではCTスキャン・MRI などの普及であり,治療面では急性期に血行再開・血栓の進展阻止に有効な薬剤が登場したことが挙げられる.
脳卒中急性期の治療は,まずCTが至急にとれる施設になるべく早く搬送することが大切である.発作が出血か梗塞かの判断をすることが治療方針をたてる第一歩となる.また,発作早期の症状が軽度であっても搬送の決断を遅らせてはならない.
進行期発作の治療開始が初期なほど,大切なことは言をまたない.MRI では梗塞巣の進展をより正確にどらえることができる.
また,大血管の閉塞・狭窄の検索には,非侵襲的検査としてMRA ・頸部血管の超短波検査があり, 現在はくも膜下出血まど特殊な場合を除いて脳血管写のような侵襲的な検査は殆ど行われないようになった.また,発作後の脳循環・代謝の研究の成果が臨床的にもいかされるようになってきている.
脳梗塞の治療は血管閉塞の開放と神経組織の保護の両面から行われる.発作後3 時間以内に治療をはじめられるかどうかは重要な分岐点の一つである.発作が大血管の動脈硬化病変か穿通枝の病変かにより抗血栓療法として血小板凝集阻止薬や抗トロンビン薬・抗凝固薬の静脈内投与が決められ,抗浮腫薬としてのグリセオールの使用法も決定される.線溶療法として組織型プラスミノーゲンアクチベーター(t-PA)が注目されているが,
副作用としての脳出血の危険をさけるには,発作後3 時間以内の超急性期にのみ使用可能な薬剤であり,それ以外の一般的な症例に用いるべきでないことを注意したい.
心原性の脳塞栓に対しては, 抗凝固薬が再発を明らかに減少させることが知られており, 出血性梗塞のないことを確かめて早期より使用される傾向にある.
意識障害や合併症をもつ症例では, 全身管理の良否が予後を決める非常に重要な要因であることが多く,脳卒中の治療は必ず全身管理を充分にできる医療機関で行われるべきと考える.
脳出血に対する脳外科的適応は, かなりはっきりと限定され, また内頸動脈高度狭窄に対する内膜摘除術には, 脳卒中の発症・再発を減少させる効果のあることが認められている.
神経症状の発現は神経症状の壊死の範囲により決まるが,運動麻痺などが早期のリハビリテーションにより改善されることはよくみられるところであるが,神経症状の改善は発作後半年以上たった症例でも,
徐々にではあるが数年にわたってみられることも経験上知られている.
慢性期の脳卒中後遺症の患者は神経症状の重いものから軽いものまで多数存在し,再発防止を含めて, 実地医家により長期間follow up されていることが多い.血圧のコントロールを含めた再発危険因子の治療が,
外来において行われているが,この際の注意事項を具体的にわかりやすく, 実際の診療に役立つようQ & A 方式にまとめられている.また,夜間せん妄などの精神症状の発現は診療・介護上大きな問題であり,それらへの対応は日常診療上おろそかにはできない.
また,MRI 上の多発性小梗塞による痴呆あるいは無症候性脳梗塞についても治療方針が示されている.
最後に開業医を代表して渡辺先生より御質問いただき,いつも診療にあたって考えていることをお互い率直に述べ合う企画を設けることができた.
この書が実践の場でいくらかでもお役に立つことができれば誠に幸いである.置きご活用いただけたら幸いである.
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