虚血性心疾患は,冠動脈の動脈硬化性病変で発症する疾患であるが,その病態は多様で,慢性に経過して治療も長期間にわたって患者の生活とともに進めるものから,急性に経過して集中的な高度医療を行わなければ救命し得ない重篤なものまで多彩である.しかも,人口の急速な高齢化とライフスタイルの欧米化により,動脈硬化性病変が進展して虚血性心疾患の発症率は今後ますます増加し,しかも罹患年齢が若年者へと推移しており,疾患への的確な診断と治療のアプローチが,患者の生命予後ばかりでなく,罹患後の生活の質(QOL:quality
oflife)をも直接規定するところとなる.したがって,虚血性心疾患の病態についての体系的な理解と,どのように診療を進めて患者を管理すべきか最新の情報を習得することは,専門医ばかりでなく,一般臨床医にも強く求められているところであり,日常臨床の場でも実際に生きた知識として活用しなければならない.
一方,虚血性心疾患の診療は日進月歩に新しい展開が次々に行われている.それは最近とくに進展の著しい分子生物学のアプローチが病態生理の解明に応用されたことと,コンピューターシステムなどの先端技術や新素材が導入されたことが大きい.動脈硬化性病変が,単に血中の脂質,とくにコレステロールが沈着するのではなく,動脈壁を構成する細胞群の形質変化と増殖,さらには血球細胞との相互作用を基礎に,各種増殖因子やサイトカインによる情報交換のうえで形成されていることが明らかになった.そして,病変が急速に進展する背景となる粥腫破綻のメカニズムもこのような視点から,細胞・分子レベルから解析されるようになった.このような病態の理解の進歩は,新しい治療の開発への基礎となるばかりでなく,科学的な根拠に基づいた治療を自信を持って進めることも可能にしている.
また,電子工学などの先端技術の導入と活用は,画像診断の画期的な進歩を促し,冠動脈病変の詳細で正確な情報を鮮明な画像としてとらえることができるようになった.非侵襲的な冠動脈造影法ばかりでなく,血管内超音波診断法から血管内視鏡まで臨床に応用されるようになり,治療法の選択からその効果の評価まで的確に行うことができるようになった.PTCAを中心としたインターベンションの技術や用いる器材の進歩にも目覚ましいものがある.それだけに,個々の患者の病態を正確にとらえ,治療法を的確に選択する臨床能力が一層重要になっている.
このような状況にあって,虚血性心疾患に関するすべての知識を,病態から診断と治療まで3章に分けて,一般医や研修医にも理解しやすいように体系的に解説している本書は,きわめて時宜にかなっていると言えよう.はじめから通読しても,テキストとして必要な情報を項目を選んで得ることにも適うように企画編集されている.また,解説には現在臨床と研究の場で最も活躍されている専門家にお願いした.
本書により,虚血性心疾患についての病態の理解と臨床能力の向上にお役にたてれば幸甚である.
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