序文
こどもの皮膚病を専門に診療するようになったのは1965年のことである.日本で初めての小児専門病院が鳴物入りでスタートした時に皮膚科診療を担当するスタッフとして加わったわけである.ところで,当時は今振り返ってみても欧米では伝統がある小児専門の医療施設が,なぜ我が国では欠落していたのかなど考える暇もなかったのが事実である.そして,手探りでの小児皮膚科診療を開始することとなった.一方,患者さんの数は大学病院の皮膚科患者数をしのぐ有様までになった.
以来,1995年末に無事退官するまでの三十年間の臨床体験は,言葉通り毎日が新鮮,かつ発見にあふれたものであった.その間に国際小児皮膚科学会,日本小児皮膚科学会の設立などを含めて,こどもの皮膚化学をめぐる学会の動向自体にも歴史的な変革があったのである.とはいえ,こどもの皮膚病自体にも,同じような変わり方があったか,と言えば答えは当然ながら否である.もちろん,疾患の傾向には時代とともに移り変わりはあるが,こどもの皮膚病の本質には変わりがないということなのである.
とすれば,その診療には基本的な皮膚科学教育が身に付いてなければならない.基本となれば,医学部学生としての教育の中に含まれることになる.そしてやがて,皮膚科専門医となることを志す方は,その道の蘊奥を極める過程に入るわけである.しかしながら,幸か不幸か蘊奥を極めずとも,また,医学教育を受けずとも,皮膚に現れる変化には誰でも気づくという特徴がある.したがって,もしもあなたが医師であると分かっている状況にあれば,たとえ蘊奥を極めた専門医ではなくとも,とりあえず相談を受けざるを得ない立場になることが皆無とは言えないはずである.なぜなら基本は学んだ方だからである.
さて,こどもの皮膚病の診療を始めるようになってから,私はほとんど絶えず外来の見学を希望される方に囲まれて過ごしてきている.それぞれ大学から派遣されて,あるいは開業された方と.環境も専門科目も様々であるが,すべての方が,こどもの皮膚病の見方を知りたいと希望されている.いったいなにが,その方々にとってわざわざ私のようなものの外来を覗いてみようという気持ちを持たせるのか,もちろん直接お尋ねすることも出来る.しかし,その際のお返事の中には,申しわけないが美辞麗句も入りうると考えるのが妥当ではないであろうか.
そこで,三十数年間診察机の傍らで私の診療を熱心に見学してくださったたくさんの先生方が,興味をお持ちになったとお見受けできた事柄を思い起こしてみることにした.すると,それは要するに私が,毎日繰り返していた診療の中で,いつしか骨の髄までしみついた診療のコツを見聞きすることにあったと気がついた次第である.
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