序文
近年,わが国における子宮体癌の発生は増加傾向にある.われわれが学生時代には子宮癌といえば子宮頸癌が9割以上を占め,教科書でも子宮頸癌に多くの稿が割かれていたものである.しかし,現在では子宮癌の約3割もが子宮体癌であり,その割合はますます増加している印象を受ける.実際,西暦2010年には子宮体癌と同じ罹患率になるとの推計もあり,子宮体癌は婦人科癌のなかでますます重要な位置を占めてくるものと思われる.
「敵を知り,己を知れば百戦危うからず」という諺もあるとおり,癌の治療にはその癌の性格や特性を知ることが最も重要である.子宮体癌に関する基礎的・臨床的研究も近年飛躍的な発展を遂げてきた.しかし,一方で,研究の日進月歩ともいうべき大幅な進歩により,臨床に携わる医師にとっては子宮体癌の全体像を正しく把握することは必ずしも容易ではなく,研究成果を把握しつつ実際の臨床に反映させていくことが困難になりつつあるのも事実である.そこで最新の知識を網羅し,系統的に解説することにより,臨床医に有意義な情報を提供し,その理解と整理に役立てていただくことを目的として本書を企画した.
子宮体癌の制圧するストラテジーとして,まず敵を知るために,本書では本邦における子宮体癌の現況とその推移を概説した.次いで実際の臨床に則して,診断法について稿を設けた.癌の治療には早期診断,早期治療は原則であるが,本邦においても昭和62年以来,老人保健法の一環として,子宮体癌の検診が始まった.子宮頸癌とは異なり,子宮体癌の検診には種々の意見もあるが,現在までの成績をまとめた.また,細胞診や組織診の知見とともに近年の画像診断も進歩が著しい.最新の知識の補充に役立てば幸いである.腫瘍マーカーについても,従来のマーカーとともに新しく開発中のマーカーを遺伝子マーカーを含めて概説した.
体癌をめぐる診断,治療の変化に対応するために,臨床進行期分類が平成8年に改訂されたが,この新しい手術進行期分類についても稿を割いた.進行期分類の変遷をたどることにより知識が整理されるものと期待している.
癌の制圧には集学的治療が欠かせない.己を知るためには,つまり現状でわれわれが持っている治療のオプションを整理するために,手術療法から最新の化学療法や免疫療法までを網羅した.現在の婦人科における癌治療の基本が手術療法であることには言を待たないことから,手術手技についても詳細に記した.
近年の科学技術の進歩と研究者の不断の努力により,癌に対する研究は癌細胞の細胞生物学的特性,つまり癌細胞の振る舞いの本質に迫るという新たな展開を見せている.とくに最近,癌細胞のもつ「悪性」という性格の源とも考えられる浸潤・転移についての知見が増えてきた.そこで本書では最新の研究成果の一端として,子宮体癌細胞を用いた基礎的研究,とくに糖鎖構造の違いやそれに伴う浸潤・転移能の差異に関する研究を中心に概説した.同時にこれらの知見をもとにした新たに開発中の子宮体癌の診断法や治療法も紹介した.これら細胞生物学的知識をベースに治療することこそ,まさに敵を知る攻撃になるものであろう.
また,癌の治療には根治性の追求とともに生活の質(QualityofLife)の確保も重要なポイントとなる.そこでインフォームド・コンセントや子宮体癌の手術療法による両側卵巣摘出後のホルモン欠落症状とそれに対するホルモン補充療法にも言及した.
各項目の執筆には,主に当教室を中心にそれぞれの分野の専門家にお願いした.子宮体癌に関するトピックスを網羅した充実した一冊となったと自負するものである.本書が子宮体癌治療にあたる産婦人科医師の座右の書となり,子宮体癌制圧の一助となることができたならば,編者として望外の喜びである.
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